尊性法親王(読み)そんしょうほうしんのう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「尊性法親王」の解説

尊性法親王(1) そんしょうほうしんのう

1194-1239 鎌倉時代,後高倉院の第2王子。
建久5年生まれ。母は北白河院承元(じょうげん)3年出家して,実全,隆安にまなぶ。一身阿闍梨(あじゃり),権大僧都(ごんのだいそうず)に任じられる。承久(じょうきゅう)3年親王となる。天台座主(ざす),四天王寺別当をつとめた。延応元年9月3日死去。46歳。通称は綾小路宮。

尊性法親王(2) そんしょうほうしんのう

1602-1651 江戸時代前期,後陽成(ごようぜい)天皇の第5皇子。
慶長7年10月8日生まれ。母は日野輝子。慶長12年京都の嵯峨大覚寺にはいり,18年親王となる。翌年同寺の空性(くうしょう)法親王にしたがい得度(とくど)。のち東寺長者となった。慶安4年3月22日死去。50歳。俗名は毎敦(としあつ)。幼称は五宮。

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367日誕生日大事典 「尊性法親王」の解説

尊性法親王 (そんしょうほうしんのう)

生年月日:1602年10月8日
江戸時代前期の後陽成天皇の第5皇子
1651年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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