改訂新版 世界大百科事典 「小出秀政」の意味・わかりやすい解説
小出秀政 (こいでひでまさ)
生没年:1540-1604(天文9-慶長9)
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…このとき一向一揆の貝塚願泉寺も陥落している。豊臣秀吉は友閑を罷免して石田三成と小西隆佐を堺代官とし,岸和田城には小出秀政(3万石)を,のち谷川城には桑山重晴(1万6000石)を置き,和泉を支配させた。【今谷 明】
【近世】
1600年(慶長5)関ヶ原の戦の結果,和泉国にも堺,岸和田を中軸として,漸次徳川氏の支配がおよんできた。…
※「小出秀政」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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