改訂新版 世界大百科事典 「小出秀政」の意味・わかりやすい解説
小出秀政 (こいでひでまさ)
生没年:1540-1604(天文9-慶長9)
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…このとき一向一揆の貝塚願泉寺も陥落している。豊臣秀吉は友閑を罷免して石田三成と小西隆佐を堺代官とし,岸和田城には小出秀政(3万石)を,のち谷川城には桑山重晴(1万6000石)を置き,和泉を支配させた。【今谷 明】
【近世】
1600年(慶長5)関ヶ原の戦の結果,和泉国にも堺,岸和田を中軸として,漸次徳川氏の支配がおよんできた。…
※「小出秀政」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...
7/28 化学辞典 第2版(森北出版)を更新
6/26 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
4/17 デジタル大辞泉プラスを更新
4/17 デジタル大辞泉を更新
2/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新