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堯孝 ぎょうこう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

堯孝
ぎょうこう

[生]元中8=明徳2(1391)
[没]享徳4(1455).7.5
室町時代の歌人。頓阿の孫堯尋の子。二条派の系統をひく歌を詠む。最後の勅撰集新続古今和歌集』撰集の際,和歌所開闔 (かいこう) となり,撰者飛鳥井雅世に協力した。歌集『堯孝百首』 (1434) ,『堯孝法印日記』 (46) ,『堯孝法印自歌合』,歌学書『桂明抄』 (48) や,『覧富士記』 (32) ,『伊勢紀行』 (33) などの紀行文がある。古今伝授の主流を伝えた人物としても有名。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

堯孝
ぎょうこう
(1391―1455)

室町前期の歌人。歌僧頓阿(とんあ)の孫堯尋(ぎょうじん)の子。通称は常光院。晩年は法印権大僧都(ごんのだいそうず)に叙せられ、広く公武僧の歌人と交わり、温雅で伝統的な歌風を主張した二条派の代表的な歌人として、冷泉(れいぜい)派の正徹(しょうてつ)と鋭く対立した。その間の事情は『東野州聞書(とうやしゅうききがき)』にもうかがえる。最後の勅撰(ちょくせん)集『新続古今集(しんしょくこきんしゅう)』の撰進に際しては、和歌所開闔(かいこう)(事務主事)となり、撰者飛鳥井雅世(あすかいまさよ)を助けた。和歌は『新続古今集』入集(にっしゅう)の7首のほか、年次(ねんじ)詠草の『慕風愚吟集(ぼふうぐぎんしゅう)』、『堯孝法印日記』がある。従来、家集とされた『堯孝法印集』は、他人の歌が混入している他撰集である。ほかに、歌学書『桂明抄(けいめいしょう)』や紀行『伊勢(いせ)紀行』『覧富士記(らんふじき)』などがある。
 ふけにけり置きそふ露も玉だれのこずのおほ野のよはの月影[稲田利徳]

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