山内荘(読み)やまのうちのしょう

百科事典マイペディアの解説

山内荘【やまのうちのしょう】

相模国にあった荘園で,現神奈川県鎌倉市の山ノ内を遺称地とし,同市北部からその北部横浜市栄区一帯に比定される。立荘の時期などは不明だが,鎌倉時代初頭には後白河院領で,その後長講堂領となり,持明院統に伝領された。1191年の《長講堂領目録》では〈不所課荘々〉とある年中の課役を課されない荘園の一つとしてみえる。だが1224年−1242年頃には本所の支配は有名無実化していた。一方山内荘は代々源氏の家人であった山内首藤氏の本領であった。1180年の源頼朝挙兵の際,山内首藤経俊は平家側についたため,頼朝が勝利したのち山内荘は没収されて,土肥実平に与えられたらしい。1213年の和田合戦後は北条得宗領に組み入れられた。鎌倉幕府滅亡後は足利直義領となり,荘内の各郷は鎌倉の各寺院や足利氏重臣に分給された。上杉氏の有力家を山内上杉氏と称するのは,同家が山ノ内に住んだことによる。荘内には岩瀬郷・吉田郷・舞岡郷・秋庭(あきば)郷・富塚郷・長尾郷・山崎郷などがあった。

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世界大百科事典 第2版の解説

やまのうちのしょう【山内荘】

古代・中世,神奈川県鎌倉市北部の山ノ内から北方一帯に広がっていた荘園。立荘の事情は不明であるが,源氏の家人山内首藤(やまのうちすどう)氏の本領であったと思われる。源頼朝の挙兵時に,山内首藤経俊が敵対したために没収され,いったんは預り人の土肥実平に与えられ,のち北条得宗領の一つとなったと思われる。平安時代の荘園領主については明らかでない。1191年(建久2)の長講堂領目録によれば,〈不所課庄々〉とあって定まった課役を課されない荘園として存在したらしい。

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