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岡田正利 おかだまさとし

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

岡田正利
おかだまさとし

[生]寛文1(1661).近江
[没]延享1(1744).6.15.
江戸時代中期の国学者,神道家 (垂加流) 。通称は左近。盤斎,磯波翁と号す。近江の人。江戸に出て跡部良顕に学び,京都の玉木葦斎 (正英) ,梨木桂斎 (鴨祐文) に対し関東における垂加流神道の代表者。著書『神学承伝記』は吉川惟足の伝記として有名であるが,彼の名を高めたのは『神代巻日蔭草口訣』 (1740) である。ほかに『旧事紀事跡鈔』『日本書紀事跡鈔』『神名秘書』『神代巻溟草』『湖翁歌集』。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

岡田正利 おかだ-まさとし

1661-1744 江戸時代中期の神道家。
寛文元年生まれ。垂加神道を玉木正英,跡部良顕(よしあきら)にまなぶ。著作に「神学承伝記」や「神代巻日蔭草口訣(くけつ)」など。延享元年6月15日死去。84歳。大和(奈良県)出身。本姓は吉川。通称は左近。号は磐斎,礒波翁,潮翁。

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朝日日本歴史人物事典の解説

岡田正利

没年:延享1.6.15(1744.7.24)
生年:寛文1(1661)
江戸中期の神道家。大和国(奈良)生まれ。通称は左近,左衛門。号は磐斎,礒波翁,潮翁。牧村氏の生まれ。22歳のとき武蔵(東京)に行き岡田家を継ぐ。そのころは儒学を学んでいたが,40歳すぎから神道に転じ,垂加神道を玉木正英,跡部良顕らから学ぶ。68歳のときに正英から授けられた磐斎の号を称し,正英没後はその説の整理に努める一方,垂加神道を関東に広めた。<著作>『神代巻日蔭草口訣』『神学承伝記』『玉籤集口授秘奥』<参考文献>谷省吾「岡田正利の自叙小伝『磐斎之記』」(『皇学館論叢』6巻2号)

(白山芳太郎)

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