コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

岡谷繁実 おかのや しげざね

3件 の用語解説(岡谷繁実の意味・用語解説を検索)

美術人名辞典の解説

岡谷繁実

上州館林藩士。通称は鈕吾。山陵修補に尽す。勤王家。著書に『名将言行録』あり。大正8年(1919)歿、85才。

出典|(株)思文閣
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

岡谷繁実 おかのや-しげざね

1835-1920 幕末の武士。
天保(てんぽう)6年3月12日生まれ。岡谷繁正の長男。上野(こうずけ)(群馬県)館林(たてばやし)藩士。大目付などをへて,文久3年中老。藩主秋元志朝(ゆきとも)の命により幕長戦争の回避にうごくが,禁門の変ののち,幕府の嫌疑をはらすため蟄居(ちっきょ)となる。維新後は修史館御用掛などをつとめ,「名将言行録」を編集した。大正9年12月9日死去。86歳。通称は鈕吾。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

岡谷繁実
おかのやしげざね
(1835―1920)

幕末の勤王家。上野(こうずけ)国(群馬県)館林(たてばやし)藩(秋元氏)中老。通称鈕吾(ちゅうご)、変名斯波(しば)純一郎、弾正(だんじょう)、晩年寒香園主人と号した。水戸の青山延光(のぶみつ)に師事、ついで昌平黌(しょうへいこう)に学び、のち上京して勤王に従事、1863年(文久3)藩の分領河内(かわち)国(大阪府)の雄略(ゆうりゃく)陵修復にあたった。同年幕府征長の議にあたり、藩主志朝(ゆきとも)の内命により長州に下り、その回避を運動したが、禁門の変により幕府の嫌疑を恐れて藩を追放された。維新には甲信の討幕軍に参加した。69年(明治2)帰藩、廃藩後は若松県大参事、修史局御用掛などを歴任、鎌倉宮宮司(ぐうじ)、氷川神社宮司となった。この間『皇朝編年史』『名将言行録』など著述が多い。墓所は埼玉県深谷市清心寺。[山田武麿]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

岡谷繁実の関連キーワード粟屋亦助今中祐十郎岡松恵之助島崎次郎高杉左膳中村哲蔵西館融沼田含翠宮田頼吉和田小伝次

今日のキーワード

信長協奏曲(コンツェルト)

石井あゆみによる漫画作品。戦国時代にタイムスリップした現代の高校生が病弱な織田信長の身代わりとして生きていく姿を描く。『ゲッサン』2009年第1号から連載開始。小学館ゲッサン少年サンデーコミックス既刊...

続きを読む

コトバンク for iPhone

岡谷繁実の関連情報