朝日日本歴史人物事典 「岩成友通」の解説
岩成友通
生年:生年不詳
戦国時代の武将。三好三人衆のひとり。石成とも書く。主税助。はじめ三好長慶・義継父子に仕える。永禄8(1565)5月,松永久秀らと共に義継を擁して将軍足利義輝を殺害。のち久秀と対立して,三好長逸,三好政康と共に三好三人衆と呼ばれた。翌9年5月久秀,畠山高政勢と和泉国に戦い,以来畿内一帯に合戦を続けた。同10年5月池田勝正と共に東大寺念仏堂に陣して,戒壇院に拠った松永軍と合戦。翌11年,足利義昭を擁して上洛しようとする織田信長を近江国六角義賢と結んで阻止しようとしたが成らず,逆に山城国勝竜寺城を攻撃されて降伏した。翌年1月,信長帰国の間隙を突いて,長逸,政康と共に京都本国寺在陣の義昭を襲ったが,抵抗にあい敗退。天正1(1573)年7月,義昭が反信長の兵を山城国槙島城に挙げると,これに呼応。山城国淀城に拠ったが,細川(長岡)藤孝らに攻められ8月2日落城,敗死した。
(森田恭二)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報