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岩成友通 いわなり ともみち

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

岩成友通 いわなり-ともみち

?-1573 戦国時代の武将。
三好長慶の家臣で,三好三人衆のひとり。長慶の没後,松永久秀とともに将軍足利義輝(よしてる)を殺害。天正(てんしょう)元年将軍足利義昭の反織田信長勢についたため信長軍にせめられ山城淀(よど)城で同年8月2日敗死。通称は主税助。姓は石成ともかく。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

岩成友通

没年:天正1.8.2(1573.8.29)
生年:生年不詳
戦国時代の武将。三好三人衆のひとり。石成とも書く。主税助。はじめ三好長慶・義継父子に仕える。永禄8(1565)5月,松永久秀らと共に義継を擁して将軍足利義輝を殺害。のち久秀と対立して,三好長逸,三好政康と共に三好三人衆と呼ばれた。翌9年5月久秀,畠山高政勢と和泉国に戦い,以来畿内一帯に合戦を続けた。同10年5月池田勝正と共に東大寺念仏堂に陣して,戒壇院に拠った松永軍と合戦。翌11年,足利義昭を擁して上洛しようとする織田信長を近江国六角義賢と結んで阻止しようとしたが成らず,逆に山城国勝竜寺城を攻撃されて降伏した。翌年1月,信長帰国の間隙を突いて,長逸,政康と共に京都本国寺在陣の義昭を襲ったが,抵抗にあい敗退。天正1(1573)年7月,義昭が反信長の兵を山城国槙島城に挙げると,これに呼応。山城国淀城に拠ったが,細川(長岡)藤孝らに攻められ8月2日落城,敗死した。

(森田恭二)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

いわなりともみち【岩成友通】

?‐1573(天正1)
戦国末期の武将。三好三人衆の一人。三好長慶の一族。1566年(永禄9)三人衆の先鋒として山城勝竜寺城(現,長岡京市)を奪取,68年9月に織田信長に明け渡すまで当城の城主として京都を押さえていた。その後阿波に潜伏したが70年(元亀1)浅井氏と結んで摂津・河内に進出,本願寺,足利義昭らと組んで反織田戦線を張ったが,73年淀城に信長軍に攻められて敗死。【今谷 明】

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