岩谷古墳(読み)いわやこふん

日本歴史地名大系 「岩谷古墳」の解説

岩谷古墳
いわやこふん

[現在地名]下関市大字椋野 岩谷後

椋野むくの盆地の南縁に位置し、丘陵から派生した尾根に続く標高二五メートル余りの段丘端にある、横穴式石室を内部主体とした円墳

明治(一八六八―一九一二)の頃から開口されていたが、昭和四六年(一九七一)に発掘調査が行われた後、下関市立図書館の前庭に移築された。

墳丘は、石室を白色系の粘土で覆った封土を築き、その裾の二ヵ所に須恵器の甕を据え、築成の過程で祭祀を行った後、さらにその上に墳丘の封土を盛り、その表面を葺石で覆っている。墳丘の高さは四・五メートル余、直径は一三メートル余で、その中心が玄室の奥壁の位置にあたる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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