島津久治(読み)しまづ ひさはる

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

島津久治 しまづ-ひさはる

1841-1872 幕末-明治時代の武士。
天保(てんぽう)12年閏(うるう)1月26日生まれ。島津久光の次男。嘉永(かえい)5年(1852)薩摩(さつま)鹿児島藩宮之城領主となる。盈進館(文館),厳翼館(武館)を創設し,文武を奨励。兄忠義にかわって薩英戦争,禁門の変で指揮をとり,慶応2年首席家老となる。明治2年武力倒幕に消極的だったことを問責され,辞職。明治5年1月4日死去。32歳。通称は右近,図書。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

島津久治

没年:明治5.1.4(1872.2.12)
生年天保12.4.25(1841.6.14)
幕末の薩摩(鹿児島)藩藩老。島津久光の次男に生まれる。文久3(1863)年の薩英戦争,翌年の禁門の変に参軍。武力討幕に慎重な態度を示し,これが責められて明治2(1869)年藩政を去った。

(井上勲)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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