日本大百科全書(ニッポニカ) 「差別運賃」の意味・わかりやすい解説
差別運賃
さべつうんちん
同じ交通サービスを異なる金額で提供する運賃あるいはその制度。たとえば、大人運賃と子供運賃、航空会社の早割、定期外運賃と定期運賃などが該当する。運賃ではないが、広義ではJRのグリーン料金の事前購入料金と乗車後の車内での購入料金なども含まれる。
差別運賃は、理論経済学における差別価格と理論的には同一のものであると考えてよい。A・C・ピグーは鉄道運賃の例をあげて、差別価格を第1級差別、第2級差別、第3級差別に分類している。第1級差別とは、消費者の支払意思額と一致する価格を消費者ごとに課す差別価格で、完全差別とよばれる。このためにはひとりひとりの消費者の支払意思をすべて企業が掌握する必要があり、現実的には第1級差別を厳密に行うことは不可能である。第2級差別とは、利用者の消費量に応じて価格を変える差別価格で、通常は利用量の多い消費者には割安な価格が提供される。これは数量差別ともよばれる。鉄道における遠距離逓減(ていげん)運賃制度はその典型的なものであり、航空会社の提供するマイレージサービスはその変形であるといえる。第3級差別とは、消費者をなんらかの属性に応じてグループ分けし、それぞれのグループに異なった価格をつける差別価格である。これは市場差別ともよばれる。大人運賃と子供運賃はその典型である。
差別運賃制度が成立するためには、通常三つの条件を満たすことが必要である。第一に、交通サービスの提供者はその市場において独占的な価格支配力を有する必要がある。JR以前の国鉄は、第二次世界大戦前から戦後すぐにかけては貨物輸送に独占力を有していたために、貨物運賃の運賃率表は1960年(昭和35)には10段階もの区分があった(最高と最低運賃の格差は2倍強)。しかしその後、国鉄の競争力は落ち、1980年にはその区分はわずか3段階に減り、その格差も1.24倍に縮小している。第二に、とくに第3級差別(市場差別)において、利用者をその属性に応じてグループ分けすることが可能でなくてはならない。第三に、相互に異なる価格を課した利用客の間で転売を阻止することができなくてはならない。バスや鉄道の通学定期券の販売において通学証明書の提示が求められるのは、割安な通学定期券の転売を阻止する戦略であると考えることも可能である。
[竹内健蔵]
『竹内健蔵著『交通経済学入門』(2008・有斐閣)』▽『竹内健蔵著『なぜタクシーは動かなくてもメーターが上がるのか――経済学でわかる交通の謎』(2013・NTT出版)』