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常騰 じょうとう

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

常騰 じょうとう

740-815 奈良-平安時代前期の僧。
天平(てんぴょう)12年生まれ。法相(ほっそう)宗。興福寺で永厳(ようごん)にまなぶ。西大寺(一説に大安寺)にうつり,延暦(えんりゃく)22年近江(おうみ)(滋賀県)の梵釈寺(ぼんしゃくじ)別当,崇福寺検校(けんぎょう)をかねる。学匠で,六十余巻の経論(きょうろん)に注釈をくわえたという。弘仁(こうにん)6年9月4日死去。76歳。俗姓は高橋。著作に「註金光明最勝王経」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

常騰

没年:弘仁6.9.4(815.10.9)
生年:天平12(740)
平安初期の法相宗の学僧。京都(または奈良)の人。俗姓は高橋氏。永厳に師事。興福寺から西大寺に移る。梵釈寺別当,崇福寺検校を兼ね,少僧都に昇進。教学に優れ63巻もの経論に注釈を加えた。<著作>『顕唯識疏隠文抄』10巻,『金光明最勝王経註』10巻

(岡野浩二)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

世界大百科事典内の常騰の言及

【梵釈寺】より

…当初は四天王寺と称したが,795年(延暦14)ころには梵釈寺と号し,堂塔の整備や封戸・水田・修理料の施入が行われ,禅師10人が置かれて王城鎮護の寺としての完成をみた。所蔵の典籍は,経営に力のあった等定(とうじよう)によって充実し,最澄は修行時代に《円頓止観》を借覧するなど有数の存在として知られ,以後唯識の学匠常騰(じようとう)(740‐815),嵯峨天皇行幸時に茶を献じた永忠(742‐816),円珍受法の師徳円ら学匠が止住し,名声は高まった。宇多天皇は十数回参詣し,梵釈寺僧に命じて四王像を造り,宮中に安置している。…

※「常騰」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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