日本歴史地名大系 「幌毛村」の解説 幌毛村ほろけむら 北海道:日高支庁三石町幌毛村[現在地名]三石郡三石町字富沢(とみさわ)・字福畑(ふくはた)・字美河(みかわ)など明治初年(同二年八月から同六年の間)から明治一五年(一八八二)までの村。辺訪(べほう)村・延出(のぶしゆつ)村・神潭(かむいたん)村の北にあって三石川の上流域を占める。村の南部一里ほどの間は、同川の左右とも平地で地味は肥沃であった(「状況報文」など)。近世の史料にホロケナシ(「戊午日誌」美登之誌など)とみえる地などからなっていた。 幌毛村ほろけむら 北海道:日高支庁三石町幌毛村明治一五年(一八八二)から同三九年までの村。明治一五年に幌毛村が延出(のぶしゆつ)村を合併して成立。同一九年から和人の移住があり、三石川沿いに集落が形成された。入植者は淡路・南部出身者が多く、多くは馬・プラウを所有し、五町歩以上を開墾して大豆・小豆を販売作物とした。同二八年には延出尋常小学校が開設され、延出神社を創建(三石町史)。同三〇年には九二戸・四三九人、うちアイヌは三九戸・二二一人。アイヌは農業になじまず、アイヌ給与地も多くは和人が耕作していた。ただし幌村喜六ほか幾人かのアイヌは五、六町歩を耕作、その農業経営は和人と見劣りはなかった。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by