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張赫宙 ちょうかくちゅう

百科事典マイペディアの解説

張赫宙【ちょうかくちゅう】

朝鮮の作家。本名は張恩重,帰化して野口稔となる。教員時代に見た農村の状況をもとにした《餓鬼道》(1932年)が雑誌《改造》の第5回懸賞入選,日本文壇に登場。初期の作品《白楊木》《追はれる人々》は民族性の強い作品だったが,次第に純文学に転じ,親日文学も多数書いた。

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世界大百科事典 第2版の解説

ちょうかくちゅう【張赫宙 Chang Hyŏk‐chu】

1905‐1997
朝鮮小説家。慶尚北道大邱生れ。大邱高等普通学校卒業。1932年《餓鬼道》が《改造》の懸賞に入選したのを機に朝鮮人として初めて日本文壇に登場した。被圧迫民族の怒りと抵抗を骨太な筆致で描いたが,39年《加藤清正》で自国への侵略者を英雄として賛美し,〈朝鮮の知識人に訴ふ〉,《岩本志願兵》などで日本帝国主義の〈皇民化〉政策に荷担した。52年日本に帰化,筆名野口赫宙とした。作品集《権といふ男》(1934),長編《人間の絆》(1941),《嗚呼朝鮮》(1952)などがある。

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世界大百科事典内の張赫宙の言及

【在日朝鮮人】より

…日本のプロレタリア文学運動の中で活動した作家に鄭然圭,韓植,金熙明,詩人に金竜済,白鉄,姜文錫(きようぶんしやく)らがいる。その運動が解体しはじめたころに張赫宙(ちようかくちゆう)は〈餓鬼道〉(1932)で日本文壇に登場,植民地下朝鮮農民の現実を骨太な筆致で描いて好評を得(のちに皇民化運動に荷担する),また金史良は〈光の中に〉が,李殷直の〈ながれ〉とともに1939年に第10回芥川賞候補となり,作家活動に入った(太平洋戦争開始時に検挙され釈放後ただちに帰国)。この時期に〈在日〉朝鮮人の文学は本格的に始まったといえよう。…

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