当別町(読み)とうべつちよう

日本歴史地名大系 「当別町」の解説

当別町
とうべつちよう

面積:四二二・七一平方キロ

昭和二二年(一九四七)七月石狩郡当別村が町制施行して成立。石狩支庁の北東端に位置し、北は厚田(あつた)郡浜益(はまます)村、東は新篠津(しんしのつ)村・空知支庁樺戸(かばと)郡月形(つきがた)町、南は江別市・札幌市、西は厚田郡厚田村・石狩市に接する。中央を当別川が南流し、南西部を流れる石狩川に注ぐ。南部は平坦な水田地帯の当別原野が広がる。北部の当別川上流域は奥深い山林地帯となり、増毛(ましけ)山地南端の樺戸三山とよばれる神居尻(かむいしり)山(九四六・七メートル)・ピンネシリ(一一〇〇・三メートル)・隈根尻(くまねしり)山(九七一・四メートル)などがそびえ、道民の森・青山(あおやま)ダムがある。国道二七五号が中央南端から市街へ向かい、市街手前で折れて北東に向けて走る。国道三三七号は西から市街に至る。JR学園都市線(札沼線)が南西から北東にかけて走り、町内に六駅がある。町域の五二パーセントが山林、二三パーセントが農地で、田は七四平方キロ、畑は二四平方キロ(北海道市町村勢要覧)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「当別町」の意味・わかりやすい解説

当別〔町〕
とうべつ

北海道中西部,石狩川下流部右岸から増毛山地にかけて広がる町。 1947年町制。地名はアイヌ語のトウペツ (沼より来る川の意) に由来。 1871年に仙台支藩岩出山藩主,伊達邦直が家臣を率いて入植したのが町の始り。石狩平野有数の米作地域で,ジャガイモ,アズキ,ダイコンなどの栽培も行われる。 JR札沼線,国道 275号線が通る。面積 422.86km2。人口 1万5916(2020)。

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