デジタル大辞泉 「後涼殿」の意味・読み・例文・類語 こうろう‐でん〔コウラウ‐〕【後涼殿】 平安京内裏十七殿の一。清涼殿の西隣にあり、女御などの住む別殿。こうりょうでん。ごりょうでん。 こうりょう‐でん〔コウリヤウ‐〕【後涼殿】 ⇒こうろうでん(後涼殿) 出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例 Sponserd by
精選版 日本国語大辞典 「後涼殿」の意味・読み・例文・類語 こうろう‐でんコウラウ‥【後涼殿】 =こうりょうでん(後涼殿)[初出の実例]「むかし、をとこ、後涼殿のはさまを渡りければ」(出典:伊勢物語(10C前)一〇〇)「後涼殿に、もとよりさぶらひ給ふ更衣の曹司を、他にうつさせ給ひて」(出典:源氏物語(1001‐14頃)桐壺)後涼殿の補助注記「黒川本色葉字類抄」に「後殿 コウリャウテン コウラウ 私云源氏物語ヨミクセ也」とあるところから「伊勢物語」「源氏物語」の例はここに置いた。 こうりょう‐でんコウリャウ‥【後涼殿】 平安京内裏の殿舎の一つ。清涼殿の西隣り、陰明門に相対している。女御などの住む別殿。こうろうでん。ごりょうでん。〔延喜式(927)〕 出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例 Sponserd by
日本大百科全書(ニッポニカ) 「後涼殿」の意味・わかりやすい解説 後涼殿こうりょうでん 「こうろうでん」「ごりょうでん」とも読む。平安宮内裏(だいり)の殿舎の名。清涼殿の後ろ(西側)にある。南北9間(7間という説もある)、東西2間の母屋(もや)の四面に廂(ひさし)のある東向きの建物。女御(にょうご)、更衣(こうい)などの住むところ。938年(天慶1)には賢所(かしこどころ)が置かれたこともある。西廂には天皇の朝夕の食事をつくる御厨子所(みずしどころ)、南廂には御膳を納めておく御膳宿(おものやどり)があった。清涼殿に続く東廂・東簀子(すのこ)には歌合(うたあわせ)・絵合(えあわせ)などのとき、座が設けられたりした。[吉田早苗][参照項目] | 内裏 出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例 Sponserd by