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恵(慧)日 えにち

世界大百科事典内の恵(慧)日の言及

【医者】より

…(1)仏教医学の全盛期 日本固有の原始的な経験医療が,仏教伝来にともない,しだいに体系づけられた仏教医学にとりこまれていく過程で,医を業とする者の身分も固定化された。608年(推古16)の遣隋使のなかには,恵日や福因のような医学生も混じっていた。彼らが帰国して隋・唐医学を伝えると,これが日本における医療制度確立の嚆矢(こうし)となった。…

【慈愍三蔵】より

…中国,唐代の僧で,浄土教慈愍流の開祖。本姓は辛,名は慧日。慈愍三蔵は玄宗より賜った号。青州東萊(山東省掖県)の人。義浄のインド求法の業に感激して,みずから海路インドへの仏跡巡拝の旅に出た。18年間を費やし,70余国を巡礼して,陸路719年に長安に帰着した。彼が始めた慈愍流は,禅と念仏を併修する念仏禅で,宋以後の浄土教に大きな影響を与えた。《浄土慈悲集》などの著書がある。【礪波 護】…

【唐】より

…このときに倒されて地下に埋まったと考えられる《大秦景教流行中国碑》が明末に出土し,今は西安の陝西省博物館の碑林に陳列されている。隋唐美術【礪波 護】
【日本との関係】
 唐の建国後5年,623年(推古31)に新羅を経由して唐から帰国した留学生恵日(えにち)(薬師恵日(くすしえにち))らは,唐に滞在している留学生の召還と,〈かの大唐国は,法式備り定れる珍(たから)の国なり。常にかよふべし〉と進言した。…

【留学】より

…彼らは,二十数年から三十数年の長期間にわたって中国に滞在し,隋が滅び,唐が興ってくる中国の社会を実見して帰国し,大化改新に始まる律令国家の建設に大きな役割を果たした。唐の建国後間もなく帰国した留学生恵日(薬師恵日(くすしえにち))らの進言によって,遣唐使が派遣されることになると,道昭(どうしよう)など多くの学問生・学問僧が遣唐使に従って渡唐した。また7世紀には新羅に留学する僧も多く,行善(ぎようぜん)のように高句麗に留学する僧もあった。…

※「恵(慧)日」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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