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惣慶忠義 そけい ちゅうぎ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

惣慶忠義 そけい-ちゅうぎ

1686-1749 琉球の和文学者,歌人。
尚貞王18年11月11日生まれ。平敷屋朝敏(へしきや-ちょうびん)の師。父の跡をつぎ金武間切(きんまぎり)惣慶村の地頭となる。「沖縄集」に和歌が,「古今琉歌集」に琉歌がのこっている。不届き,気随意を理由に2度流罪となった。尚敬王37年10月30日死去。64歳。唐名は伊世高(い-せいこう)。
【格言など】はかなくもおなじ露なる身をもちて草葉のうへをよそに見るかな(「沖縄集」)

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朝日日本歴史人物事典の解説

惣慶忠義

没年:尚敬37.10.30(1749.12.9)
生年:尚貞18.11.11(1686.12.25)
歌人。唐名を伊世高という。30歳で系図座(首里王府の修史事業を行う役所)筆者になるが,不行跡を親類から訴えられて2度までも八重山や宮古に流罪になり,最後は宮古で死んでいる。その間に父親のあとを継いで金武間切(金武町)惣慶の地頭になったので通称を惣慶親雲上という。和歌和文,琉歌に優れ,その若干が『浮縄雅文集』や琉歌集に伝えられている。沖縄三十六歌仙ひとりで,『沖縄集』に「寄露無常」(露に寄せる無常)と題して「はかなくも同じつゆなる身をもちて 草葉の上をよそに見るかな」が採られている。よく知られているわりには作品が少なく,「不行跡」の内容についてもよく分かっていない。

(池宮正治)

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