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愛新覚羅溥傑 あいしんかくら ふけつ

美術人名辞典の解説

愛新覚羅溥傑

満州国皇帝羅溥儀の実弟清朝光緒帝の弟醇親王載澧の次男。来日して学習院高等科陸軍士官学校・陸大に学ぶ。旧満州国宮内侍従武官に任じられる。嵯峨公爵家浩と結婚。後半生中華人民共和国全国人民代表大会常務委員会委員・中日関係史研究会福会長等をつとめた。立命館大学より名誉法学博士号を受ける。書道に秀でた。中華人民共和国46年(平成6・1994)歿、86才。

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百科事典マイペディアの解説

愛新覚羅溥傑【あいしんかくらふけつ】

溥傑

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

愛新覚羅溥傑 あいしんかくら-ふけつ

1907-1994 清(しん)(中国),満州国の皇帝溥儀(ふぎ)の弟。
光緒33年4月16日生まれ。日本に留学し,1937年嵯峨浩(さが-ひろ)と「日満親善」の国策により結婚。1945年溥儀とソ連に抑留され,のち戦犯として中国の撫順収容所にはいる。1960年特赦で釈放され,日本から中国にもどった妻と北京にすむ。1983年全国人民代表大会常務委員。1994年2月28日死去。88歳。北京出身。陸軍士官学校卒。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

愛新覚羅溥傑
あいしんかくらふけつ

[生]光緒33. (1907).4.16. 北京
[没]1994.2.28. 北京
中国,朝最後の皇帝愛新覚羅溥儀 (ふぎ) の実弟。4歳のときに清朝が滅亡したため王族の身分を失う。 1912年来日し,学習院に学ぶ。のち満州国建設の実現に向けて陸軍士官学校,陸軍歩兵学校,陸軍大学校に通った。 37年嵯峨侯爵の長女・浩 (ひろ) と結婚するが,この結婚には,満州支配をもくろむ日本の政治的意図がこめられていた。第2次世界大戦後,戦犯としてソ連に抑留され,50年中国に引渡される。その後 10年間撫順収容所で思想教育を受け,特赦で出所したのちは,全国人民代表大会の代表に選ばれるほど中国の体制に順応していった。 88年死別した浩夫人の納骨のため来日したのを契機に,余生を日中友好活動に捧げた。

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