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愛洲陰流 アイスカゲリュウ

大辞林 第三版の解説

あいすかげりゅう【愛洲陰流】

愛洲移香いこう1452~1538)が日向ひゆうが国で創始した剣術の流派。のち関東にも伝わり、上泉秀綱の新陰流、柳生新陰流などの分派を形成した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

愛洲陰流
あいすかげりゅう

愛洲移香(いこう)を祖とする剣術の流派。単に陰流もしくは影之流(かげのりゅう)ともいう。この流は1487年(長享1)移香の創始以後、しだいに九州各地に広がり、当時朝鮮半島・中国沿岸で猛威を振るった倭寇(わこう)の間にもこれを習得するものがあった。倭寇の刀術は明(みん)人の脅威であったらしく、その討伐に名声をはせた戚継光(せきけいこう)が編集した兵書『紀効新書(きこうしんしょ)』(1584)には、自ら嘉靖(かせい)40年(1561)に陣中の倭人から獲得したとして、「影流之目録」(猿飛(えんぴ)の巻)の断簡を模刻している。ついで天啓4年(1624)につくられた茅元儀(ぼうげんぎ)の『武備志』にも前記の目録と猿による刀法の図解七つが載せられている。一方、移香の長子小七郎宗通(こしちろうむねみち)によって関東にもたらされた陰流は、上泉伊勢守秀綱(かみいずみいせのかみひでつな)の新陰流となり、さらに柳生(やぎゅう)新陰流、疋田(ひきた)陰流、タイ捨(しゃ)流など多くの分派を生み、全国に広がった。[渡邉一郎]

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世界大百科事典内の愛洲陰流の言及

【愛洲移香】より

…剣術流派愛洲陰(かげ)流(単に陰流とも)の祖。名は久忠,日向守また惟孝ともいう。…

【陰流】より

…愛洲(あいす)陰流あるいは陰の流ともいい,室町後期愛洲移香により創始された剣術流派。流祖移香については不明な点も多いが,水軍に関係があったらしく,明の武術書《武備志》に陰流目録の一部が収められている。…

※「愛洲陰流」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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