成羽藩陣屋跡(読み)なりわはんじんやあと

日本歴史地名大系 「成羽藩陣屋跡」の解説

成羽藩陣屋跡
なりわはんじんやあと

[現在地名]成羽町下原

鶴首かくしゆ山北麓に築営された山崎氏の居館跡。御殿ごてん・御館とよばれた。寛永一六年(一六三九)常陸国下館しもだて(現茨城県下館市)から成羽藩五万石の領主として入封した水谷勝隆が、陣屋の築造と陣屋町建設に着手したが、同一九年松山藩へ移封となった。その後、万治元年(一六五八)当地に入部した山崎豊治は、水谷氏の事業を継承し本格的な陣屋および陣屋町の整備を完遂する。大手門跡を中心に東西の石垣の築造法に差異が確認され、両者によって工事が継続されたことが知られる。陣屋絵図は残存しないが、現状の遺構の規模は東西幅約二七六メートル・南北最大幅約九〇メートルの長方形状の台地をなす。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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