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戸塚文卿 とつかぶんけい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

戸塚文卿
とつかぶんけい

[生]1892.3.12. 横須賀
[没]1939.8.17. 東京
カトリック司祭,医学者。洗礼名バンサン・ド・ポール。戸塚静海の孫。 1916年東京帝国大学医科大学卒業。 1921年北海道帝国大学助教授のとき,パリのパスツール研究所に留学。滞欧中に進路を変更して 1924年カトリック司祭となった。翌年帰国,結核撲滅事業に献身し,千葉県海上郡に結核療養所海上寮 (1929) ,東京小金井に桜町病院 (1938) などを創立,また聖ヨハネ会を設立した。その間,国際聖母病院の開設を助け,国際赤十字会議にローマ教皇庁代表として出席した。 1931年には週刊『カトリック新聞』の創刊にあたり,のちに社長となった。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

戸塚文卿 とつか-ぶんけい

1892-1939 大正-昭和時代前期のカトリック司祭,医師。
明治25年2月11日生まれ。海軍軍医総監戸塚環海の長男。北海道帝大助教授としてパリ留学中,パリ-カトリック大神学部に転じ,大正13年司祭となる。千葉県にナザレト・ハウス(現海上寮療養所),東京に聖ヨハネ医院(現桜町病院)などを開設,医療福祉と結核予防事業につくした。昭和13年日本カトリック新聞社長。昭和14年8月17日死去。48歳。神奈川県出身。東京帝大卒。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

戸塚文卿
とつかぶんけい
(1892―1939)

カトリック司祭、医者。海軍軍医総監戸塚環海(かんかい)の長男として神奈川県に生まれる。幕末の代表的蘭方(らんぽう)医静海(せいかい)の孫。東京帝国大学を卒業後、北海道帝国大学医学部助教授としてパリのパスツール研究所に留学中、伝道者になることを決意し、パリ大学神学部に学ぶ。帰国後、1925年(大正14)医療伝道を志して東京の品川に聖ヨハネ汎愛(はんあい)病院を開く。結核療養施設ナザレト・ハウスを創設。また、日本カトリック新聞社社長、雑誌『カトリック』編集長などとして、カトリック言論界にも活躍した。[金井新二]
『『戸塚文卿著作集』全五巻(1964~67・中央出版社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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