20世紀日本人名事典 「折井愚哉」の解説 折井 愚哉オリイ グサイ 明治〜昭和期の俳人,画家 生年明治4年2月24日(1871年) 没年昭和9(1934)年9月21日 出生地岡山県 本名折井 太一郎 別名別号=無筆堂,石兆,梁岳,梁渓,雲水坊 経歴16歳で大阪に出、専修学校で学ぶ。のち上京し絵画を学んだが、正岡子規について句作をする。日本新聞、大阪朝日新聞の記者もつとめ、渡米した事もあり、のち中学の絵画の教師となる。著書に「俳句の作り方と鑑賞」などがある。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「折井愚哉」の解説 折井愚哉 おりい-ぐさい 1871-1934 明治-昭和時代前期の洋画家,俳人。明治4年2月24日生まれ。絵画を小山正太郎,橋本雅邦に,俳句を正岡子規にまなぶ。明治34年大阪朝日新聞に入社,のち郷里岡山の中学で図画をおしえた。昭和9年9月21日死去。64歳。本名は太一郎。別号に石兆など。作品に「禅房対局図」,著作に「俳句の作り方と鑑賞栞(しおり)」など。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例