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折井愚哉 おりい ぐさい

美術人名辞典の解説

折井愚哉

俳人。本名太一郎別号無筆堂・百兆・梁岳等。大阪の私立専修学校に学び、のち小山正太郎に洋画を、橋本雅邦日本画を学んだ。俳句正岡子規に学ぶ。教師生活二年、大阪朝日新聞社で画筆をとること三年、のちアメリカに渡り絵画の研究をし、帰国後愚哉会を組織する。『相模百景』『小学校図画心得』等著書あり。『禅房対局図』は著名である。昭和9年(1934)歿、62才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

折井愚哉 おりい-ぐさい

1871-1934 明治-昭和時代前期の洋画家,俳人。
明治4年2月24日生まれ。絵画を小山正太郎,橋本雅邦に,俳句を正岡子規にまなぶ。明治34年大阪朝日新聞に入社,のち郷里岡山の中学で図画をおしえた。昭和9年9月21日死去。64歳。本名は太一郎。別号に石兆など。作品に「禅房対局図」,著作に「俳句の作り方と鑑賞栞(しおり)」など。

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

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