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斯波義教 しばよしのり

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

斯波義教
しばよしのり

[生]建徳2=応安4(1371)
[没]応永25(1418).8.18. 京都
室町時代前期の管領 (在職 1405~09) 。義将の子。母は吉良満貞の娘。のち義重。越前,尾張,遠江の守護。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

斯波義教 しば-よしのり

1371-1418 室町時代の武将。
応安4=建徳2年生まれ。斯波義将(よしまさ)の長男。越前(えちぜん)守護職をつぎ,のち尾張(おわり)・遠江(とおとうみ)守護をかねる。応永12年父の庇護のもとに管領(かんれい)となる。16年子の義淳(よしあつ)が管領をつぐが,17年父の死により義淳とともに政務をはなれる。21年将軍足利義持の怒りにふれ,高野山に蟄居(ちっきょ)。応永25年8月18日死去。48歳。初名は義重(よししげ)。

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朝日日本歴史人物事典の解説

斯波義教

没年:応永25.8.18(1418.9.18)
生年:応安4/建徳2(1371)
室町時代の武将。義将と吉良満貞の娘の子。初名は義重。治部大輔,左衛門佐,右兵衛督。応永6(1399)年までに父から越前(福井県)守護職を譲られ,その後斯波氏として初めて尾張(愛知県),次いで遠江(静岡県)の守護となるが,いずれも父の政治的地位に負うところが大きい。また同12年に義教自身が,同16年には子息義淳が管領になったのも父義将の後援によるもので,義淳が義将の死と共に管領を辞めているのもそのためである。同21年には将軍足利義持の怒りにふれて高野山(和歌山県)に逃げるなど,管領家としての権勢は失われていった。

(河村昭一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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