改訂新版 世界大百科事典 「日本数学会」の意味・わかりやすい解説
日本数学会 (にほんすうがくかい)
1946年設立の数学者の全国組織。1945年12月日本数学物理学会の理事会で,日本数学会と日本物理学会との二つの学会に分離することが決定され,数学では弥永昌吉が中心となり,46年4月第1回の年会が開かれた。初代委員長は正田建次郎で会員数は251名であった。数学会では47年4月和文機関誌《数学》を発行し,48年9月に世界に発表する欧文機関誌《ジャーナルJournal of the Mathematical Society of Japan》を発行,両誌とも今日に至っている。《数学》は日本の数学界の状況とともに世界の数学界の状況を紹介することでますます重要性を増してきている。数学の多様性に応じ,いろいろの分野の特集号は研究者にその分野の概観を与えた。また世界および日本における国際会議の記事は数学界の現状を伝えるものとして意味が大きい。学会の過去をふりかえるものとして日本数学会20周年記念号,日本数学会創立100周年記念号がある。《ジャーナル》は日本における数学の進歩を示すものとして,第1巻に比し現在は質量ともに充実し1巻の3倍くらいのページ数になっている。世界にも注目される雑誌の一つとなった。次に数学会の出版物としては《パブリケーションPublications of the Mathematical Society of Japan》がある。内外の数学者により各分野の先端的記事の欧文書14冊が出版されている。これは日本数学会の依嘱によるものであるが,それぞれ重要な意義をもつものである。日本数学会の事業として,学術研究会議,日本学術振興会議などに協力し,研究奨励金,外国出張補助など重要案件に関与してきている。また世界数学連合(IMU)に対応する数学研究連絡委員会を構成し,世界の数学に大きく寄与し,83年現在の会員数は約4000名である。
→東京数学会社
執筆者:小松 醇郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報