明神浜(読み)みようじんはま

日本歴史地名大系 「明神浜」の解説

明神浜
みようじんはま

放生津ほうじようづ潟北辺から東方海老江えびえ村にかけての海浜。江戸時代には明神新村古明神ふるみようじん村・新明神村などがあった。地名は古明神村に京都下賀茂社領があったことによるという(越中志徴)。放生津潟水の吐水のため明神堀切と海老江堀切があり、満水時や洪水時に切開き潟水を吐水した(「放生津内川々浚申付定」高田家文書)。浜に沿って浜往来が通り、永禄(一五五八―六九)頃には明神堀切に関所が設けられていた(「七高紺屋過書」北徴遺文)


明神浜
みようじんはま

[現在地名]雄勝町明神

雄勝浜の東、明神山南麓で、雄勝湾に南面する漁村立岩たていわ沼尻ぬまじり集落がある。正保郷帳に村名がみえ、畑七七三文のみで柴山と注される。「封内風土記」では戸数一二、塩焼場・釜一区。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む