明覚寺(読み)みようかくじ

日本歴史地名大系 「明覚寺」の解説

明覚寺
みようかくじ

[現在地名]真岡市熊倉町 蓼沼原

熊倉(くまくら)町の北西端にあり、西光山東光院と号し、真宗大谷派、本尊阿弥陀如来。寺伝によれば、弘長元年(一二六一)、僧明覚が常陸国茨城郡内に創建したのに起こるというが不詳。文久三年(一八六三)僧静照が芳賀(はが)郡阿部品(あべしな)村(現二宮町)に移し、本尊と寺号の下付を本山に要請し、慶応二年(一八六六)授与されて寺号を明覚寺とした。明治一一年(一八七八)静照は真岡の台(だい)町西(にし)ノ台(だい)(現並木町)の正覚寺(明治六年廃寺)跡地を買収して阿部品から移転。


明覚寺
みようかくじ

[現在地名]福知山市字呉服

呉服町(ごふくまち)筋の東側にあり朝耀山と号す。浄土真宗本願寺派、本尊阿弥陀如来。

「丹波志」によれば「長田村ニ豪摂寺ノ旧跡有、号明覚寺ト、有故福智山町一向宗道場明キ其跡ニ長田村明覚寺引合而為一寺」とあり、本来六人部(むとべ)庄長田(おさだ)村にあった豪摂(ごうしよう)寺(後醍醐天皇より勅額を与えられたという古寺)の跡地に創建された寺であったらしい。その開創について「天田郡志資料」は開基を西願とし、天正一二年(一五八四)長田村に創立、二世明順の時現在地に移転と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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