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晋祠 しんしJin-ci

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

晋祠
しんし
Jin-ci

中国,宋代の道教寺院。山西省太原西南,懸甕山にあり,春秋時代に建てられたとされる。周の成王の弟である叔虞を祀るために晋祠と呼ばれた。聖母殿と殿前の石橋「魚沼飛梁」は北宋遺構で,献殿は金代の建築である以外すべて明清以後の建物である。聖母殿は天聖年間 (1023~31) に創建され,崇寧1 (1102) 年に改築された。間口7間奥行6間で,入母屋造になっている。前2間が拝殿となるため,繋虹梁によって中央の4本の側柱が省略されている。こうした構造は中国建築のなかではきわめて特殊である。

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世界大百科事典 第2版の解説

しんし【晋祠 Jìn cí】

中国,山西省太原市南西25kmの懸甕山麓にある道教寺院。春秋時代の晋国の唐叔虞をまつる祠として建てられた。創建年代は不詳だが,北魏時代にはすでに存在した。北斉の569年(天統5)に大崇皇寺と改称,唐の貞観年間(627‐649)に晋祠の名となった。現在は聖母殿,献殿などの建築群,難老泉という泉,カシワエンジュ老樹がある名勝として一般開放されている。正殿の聖母殿は,北宋の天聖年間(1023‐31)の創建,1102年(崇寧1)の再建。

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世界の観光地名がわかる事典の解説

しんし【晋祠】

中国の山西省華北地区の太原(たいげん)(タイユワン)市にある祠廟(しびょう)で、太原屈指の名勝地。紀元前11世紀の北魏の時代に、周の武王の子で晋国の始祖である唐叔虞(とうしゅくぐ)を祀って建てられた。「太原に至って晋祠に行かないのは、北京に行って古宮を行かないのと同じ」といわれるように、中国でも珍しい大規模な祠堂式の古典庭園で、きわめて優美な庭園の景色は、山西の「小江南」と称えられる。特に聖母の殿、侍女像、難老泉は「晋祠三絶」といわれ、歴史的価値や芸術的価値が高く、中国の重要文化保護財になっている。

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世界大百科事典内の晋祠の言及

【太原】より

…なお博物館第二部は純陽宮に展示されている。市の南西25kmの瓮山(おうざん)山麓の晋祠は北魏の建築で,周の武王の子叔虞をまつるが,晋水の源流がここに湧き出,唐太宗の筆になる石碑,宋代建築の粋といわれる聖母殿と神像群,同じく北宋の金人台などの文化財がある。そのほか市の近郊には明代の双塔寺,東魏より唐にかけて開削された天竜山石窟,北斉の6世紀半ばに建築された開化寺連理塔,13世紀元初の竜山石窟(道教遺跡),そのほか奉聖禅寺,崇善寺,清真古寺,など多くの由緒ある文化財が残されている。…

※「晋祠」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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