景山粛(読み)かげやま しゅく

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「景山粛」の解説

景山粛 かげやま-しゅく

1774-1862 江戸時代後期の儒者,医師
安永3年生まれ。伯耆(ほうき)中野村(鳥取県境港市)の人。京都で服部大方(はっとり-たいほう)に儒学医学をまなぶ。郷里にかえり,医を業としながら私塾景山塾をひらいた。門人から富田織部,門脇重綾(かどわき-しげあや)らがでる。文久2年5月死去。89歳。号は立碩(りっせき)。編著に「伯耆志」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む