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曽我蛇足 そが じゃそく

美術人名辞典の解説

曽我蛇足

室町後期の画家曽我派の祖。名は宗誉、通称は式部法名は夫泉、道号は宗丈。明人李秀文の子とも伝えられる。初め越前朝倉家に仕え、のち一休宗純に従って禅を修めた。大徳寺真珠庵に住し、一休和尚に画を教示した。真珠庵襖絵及び「苦行釈迦図」などの作品で知られる。文明15年(1483)歿

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デジタル大辞泉の解説

そが‐だそく【曽我蛇足】

室町後期の画家。曽我派の始祖的な画家で京都の大徳寺真珠庵の襖絵(ふすまえ)を描いたと伝えられるが、経歴・生没年ともに未詳。そがじゃそく。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

曽我蛇足
そがじゃそく

画家。「だそく」ともいう。この蛇足については諸説があり、不明な点が多い。一説には室町末期の画家で、1491年(延徳3)京都・大徳寺真珠庵(あん)の襖絵(ふすまえ)『四季山水図・四季花鳥図・溌墨(はつぼく)山水図』を描いたとされるが、近年の研究では、「蛇足」はある特定の画人をさすものではなく、曽我家の代々の画家がその画業を継承したことを意味する別号(軒号)であったとの見方をしている。初代兵部墨渓(ぼっけい)以下、式部宗丈(そうじょう)、兵部紹仙(しょうせん)、宗誉(そうよ)と、この号は受け継がれた。前記の真珠庵襖絵を制作したのはこのうちの2代式部(夫泉)宗丈で、越前(えちぜん)(福井県)の朝倉家の家臣の出である初代墨渓を父とし、朝倉家と一休宗純(そうじゅん)との深い関係から、一休の塔所である真珠庵の襖絵を描いたと考えられる。墨渓の師、周文の様式に学びつつも、周文流にはみられない枯淡な画趣に特徴がある。なお「赤蠅(せきじょう)」印をもつ『山水図』(群馬県立近代美術館)が数点伝わり、作風から真珠庵襖絵の作者と同一とみられている。[榊原 悟]
『源豊宗著『日本美術絵画全集 3 曽我蛇足』(1981・集英社)』

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