本町三丁目(読み)ほんまちさんちようめ

日本歴史地名大系 「本町三丁目」の解説

本町三丁目
ほんまちさんちようめ

[現在地名]鳥取市本町二―三丁目

智頭ちず街道を挟んで本町二丁目より北西に続く両側町。片原かたはら三丁目の南西に並行する通りに沿う。元和五年(一六一九)城下町拡張に伴う町割のとき、町人地四〇町のうち下構二〇町の一町として起立された。寛永一一年(一六三四)の竈数一九(因幡志)。安永七年(一七七八)の家数六八、表口間数合せて一二六間余、町役負担八九人余、賦課比率の等級は中に定められる。諸役御免の銀見高木善兵衛・白金師平井勘兵衛の拝領屋敷、同御免の医師西垣順適自分屋敷があり、一〇間半を占めていた。正徳二年(一七一二)には町代一人に属する火消大工二人を割当てられている(町方御定)


本町三丁目
ほんちようさんちようめ

[現在地名]中央区日本橋室町にほんばしむろまち二―三丁目・日本橋本町二―三丁目

本町二丁目の東に続く両側町。北は本石町十軒店ほんごくちようじつけんだな岩附いわつき町、南は室町三丁目と本町三丁目裏河岸ほんちようさんちようめうらがし。南側に町年寄喜多村彦右衛門の役宅があった(撰要類集)。安永三年小間附町鑑によれば京間一二〇間の公役金を負担。名主草創名主の益田文左衛門(宝暦七年万世町鑑など)。江戸時代を通じもっとも薬種商の集中した町で、文政七年(一八二四)の江戸買物独案内には唐和薬種十組問屋の大坂屋市郎兵衛・横田屋六左衛門をはじめ、「江戸名所図会」の挿画で知られる唐和薬問屋の鰯屋、反魂丹の大坂屋庄左衛門など約四〇軒の名がみえる。


本町三丁目
ほんまちさんちようめ

[現在地名]東区本町二―三丁目

本町二丁目の西にある両側町で、難波橋なにわばし筋から中橋なかばし筋を経て栴檀木せんだんのき筋まで。明暦元年(一六五五)大坂三郷町絵図町名がみえる。大坂三郷南組に属し、元禄一三年(一七〇〇)三郷水帳寄帳では屋敷数三一・役数三三役で、うち惣年寄分・町年寄分・会所分各一役が無役。町年寄は升屋太郎右衛門、惣年寄は綿屋甚兵衛(三郷惣年寄家筋書「大阪市史」所収)。安政三年(一八五六)には屋敷数三五・役数三三役で、うち年寄分一役、会所分六分役が無役(同年「水帳」大阪市立中央図書館蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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