本願寺帯広別院(読み)ほんがんじおびひろべついん

日本歴史地名大系 「本願寺帯広別院」の解説

本願寺帯広別院
ほんがんじおびひろべついん

[現在地名]帯広市東二条南・東三条南

帯広神社の南方東二条南ひがしにじようみなみ東三条南ひがしさんじようみなみの五丁目にある。浄土真宗本願寺派の別院で、本尊は五百代形御本尊絵像。明治二八年(一八九五)本山の京都西本願寺から十勝国布教の命を受けて渡道した金目府玄が五百代形御本尊絵像を持って布教にあたったのが始まり。しかし金目は教線いまだ熟さずとみて絵像を商家で浄土真宗帰依者の寺井長吉に預けて引揚げた。同三二年、本山から山本恵似が十勝開教担任兼帯広説教所主任として来住、現在の東一条南の六丁目にあった民家を借受けて本派本願寺帯広説教所を開き、先に金目が預けていた絵像を本尊とした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む