杉瀬村(読み)すぎのせむら

日本歴史地名大系 「杉瀬村」の解説

杉瀬村
すぎのせむら

[現在地名]津幡町杉瀬

津幡川中流右岸、北陸街道に沿い津幡宿と竹橋たけのはし宿の中間に位置。杉ノ瀬とも記す。集落本村のほかたつみやがある(三州地理雑誌)正保郷帳では高一五八石余、田方三町・畑方七町五反余。寛文一〇年(一六七〇)の村御印の草高一七八石、免五ツ三歩、小物成は山役一一六匁・野役二匁・蝋役一匁・綿役二匁・油役六匁(三箇国高物成帳)。寛文年間の百姓数六(高免付給人帳)。享和二年(一八〇二)の河北郡引免根帳(林文書)によると以前からの土不足のうえ、用水が乏しく難渋として、享保一五年(一七三〇)から享和二年まで四回引免。


杉瀬村
すぎのせむら

[現在地名]富山市杉瀬

熊野くまの川右岸沿いに位置し、北西上熊野村。江戸初期は加賀藩領、万治三年(一六六〇)の領地替で富山藩領となる。正保郷帳では高一三二石余、田方八町六反・畑方二反余。明暦二年(一六五六)の村御印留では草高一七七石、免三ツ八歩、小物成は野役一六匁・鮎川役二匁。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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