日本歴史地名大系 「来迎堂跡」の解説
来迎堂跡
らいごうどうあと
[現在地名]高野町高野山
大門の東方、
此堂
臈次の鬮取有て、同十五日より一夏九旬刻限を極め、壇上金堂にて供花の勤あり」と記され、当堂に関係する衆僧の役割の一端が示される。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
大門の東方、
此堂
臈次の鬮取有て、同十五日より一夏九旬刻限を極め、壇上金堂にて供花の勤あり」と記され、当堂に関係する衆僧の役割の一端が示される。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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