東トルキスタン共和国(読み)ひがしトルキスタンきょうわこく

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

東トルキスタン共和国
ひがしトルキスタンきょうわこく

中国,新疆ウイグル自治区に住むウイグル族など少数民族が独立の共和国を形成しようとした際の名称。第2次世界大戦末期に,ウイグル人やカザフ人が新疆ウイグル自治区の北部に「東トルキスタン人民共和国」を樹立したが,約1年で解体された。以来,この名称は忘れられていたが,90年4月,同自治区で暴動が発生,新疆日報は「東トルキスタン共和国を再興しようとした蜂起」と報じた。トルコに亡命中の元国民党系活動家アイサと反政府系少数民族との連携プレー,との見方もささやかれた。

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世界大百科事典内の東トルキスタン共和国の言及

【新疆ウイグル自治区】より

…なお,清代にはこの地をめぐる帝政ロシアとイギリスとの争いがあり,ジュンガル盆地のイリ川流域は一時は帝政ロシア領になったりしたし,また,イスラム教徒(ドゥンガン)の再三の反乱など清朝はその統治に苦心した。中華民国時代にも,1931年ハミでのイスラム教徒の反乱があり,さらに44年にはウイグル,カザフ両族は伊寧を中心に東トルキスタン共和国を樹立したが,これは49年の新中国誕生の翌年解散し,55年10月10日ウルムチを区都とする今日の自治区の正式成立と新建設の開始をみたのである。しかし,1949年ころは全人口の約7%だった漠族が,今日では約40%を占めるにいたり,これに危機感を抱く少数民族による一部地域での独立の動きが伝えられている。…

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