東本町(読み)ひがしほんまち

日本歴史地名大系 「東本町」の解説

東本町
ひがしほんまち

[現在地名]明石市本町一丁目

鍛冶屋かじや町の西に続く山陽道沿いの両側町で、西は西本町、南は当津とうづ湊、北は東魚ひがしうお町など。城下町の中心街を形成していた町の一つ。元和四年(一六一八)築城とともに成立した明石惣町一〇町の一町で、西本町・信濃しなの(のちの中町)と並び城下町の頭町とされていた(明石名勝古事談)。享保六年(一七二一)改によれば役門四二間五歩、家数一二八(本家六〇・借家六八)、建家表地口三四三間四尺、人数五四四。鴻池屋十郎太夫前を淡路町、加賀屋八右衛門角より南へ入った丁を米屋こめや町、姫路屋弥三兵衛角より北へ入った丁を北大黒きただいこく町、正徳しようとく寺前の丁を南大黒町とよんでいた(明石記)


東本町
ひがしほんまち

[現在地名]長浜市元浜町もとはまちよう

よね川の北の東西通りの両側町。西の西本町とともに長浜町の中心。南は米川を挟んで箕浦みのうら町・横浜よこはま町・八幡はちまん町。朱印地。慶安四年(一六五一)検地帳(川崎文書)によれば、「本町東町南かわ」に屋敷地八、「本町東北かわ」に屋敷地八があげられる。元禄八年大洞弁天寄進帳では家数一七(借家六)、男二三・女三三で、町代・横目が置かれ、酒屋・紺屋・医者外科がいた。


東本町
ひがしほんまち

[現在地名]池田市栄本さかえほん

在郷町池田のほぼ中心部にあたる。能勢のせ街道沿いにあり、東西に長い町。当町の成立は室町時代中頃のことといわれる。元禄一五年(一七〇二)の一札(稲束家文書)によると、当町は竹木市と、西本町境に立てられた制札場周辺で魚店開設の特権を有している。しかし同一〇年の池田村絵図(伊居太神社蔵)では、池田町を代表する酒造業の町であった。同絵図によると酒屋一三・魚屋二・紙屋一・宿屋一・塗師屋二・髢屋一・日用五・糸引三・無記載二三と蔵一九および納屋六が認められるが、道路沿いには酒屋とその蔵や納屋が立並び、東端に一軒の宿屋があるにすぎない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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