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五山 ござん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

五山
ござん

禅の臨済宗において最高の格式をもつ5つの寺院のこと。インドの五精舎にならって中国,南宋の寧宗が建立した,興聖万寿禅寺以下景福霊隠寺,浄慈寺,景徳寺,広利寺の5寺。日本では,建長3 (1251) 年に鎌倉五山が制定されたが,鎌倉幕府の滅亡により,鎌倉中心の五山をやめ,建武1=正慶2 (1334) 年には,京都中心の五山が定められた。

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デジタル大辞泉の解説

ご‐さん【五山】

《「ござん」とも》格式の高い、五つの大きな寺。
インドの祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)竹林精舎大林精舎・鹿園(ろくおん)精舎・那爛陀(ならんだ)寺の五精舎。
中国の径山(きんざん)寺・広利寺・景徳寺・霊隠(りんにん)寺・浄慈(じんず)寺。
日本で、中国の制をまねた禅寺の格式の一。時の政府が住持を任命し、足利義満(あしかがよしみつ)のときに京都五山・鎌倉五山が定められた。→京都五山鎌倉五山

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百科事典マイペディアの解説

五山【ござん】

禅宗の臨済宗で最高の寺格を示す代表的寺院の称。中国では南宋の寧宗(ねいそう)がインドの五精舎(しょうじゃ)にならって,13世紀初頭,杭州・明州地方に定めた,1.杭州臨安府径山(きんざん)興聖万寿禅寺,2.杭州臨安府北山景徳霊隠禅寺,3.明州慶元府太白山天童景徳禅寺,4.杭州臨安府南山浄慈報恩光孝禅寺,5.明州慶元府阿育王山広利禅寺の5山である。
→関連項目官寺義堂周信五山版五山文学御料所春屋妙葩抄物絶海中津大徳寺藤原惺窩仏教

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とっさの日本語便利帳の解説

五山

鎌倉五山▽建長寺円覚寺、寿福寺、浄智寺浄妙寺
京都五山▽天竜寺相国寺建仁寺東福寺万寿寺

出典|(株)朝日新聞出版発行「とっさの日本語便利帳」
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大辞林 第三版の解説

ごさん【五山】

〔「ござん」とも〕
立派な寺格を有する五つの寺。
インドで、祇園精舎ぎおんしようじや・竹林精舎・大林精舎・鹿園ろくおん精舎・那爛陀ならんだ寺をいう。五精舎。
中国、南宋の寧宗が定めた最高の格をもつ、五つの禅宗寺院。径山きんざん寺・霊隠りんにん寺・景徳寺・浄慈じんず寺・広利寺をいう。中国五山。
日本で、中世臨済宗寺院のうち最高の寺格。十刹じつさつ・諸山の上に位置する。五山位にあった寺は時期によって異なるが、足利義満によって確定された。京都五山・鎌倉五山などがある。五岳。
の禅家五山にならって定められた由緒ある尼寺。京都・鎌倉に五寺ずつある。尼寺あまでら五山。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

五山
ござん

禅宗寺院で最上の寺格を示す五つの官寺(政府が住持を任命する寺)。十刹(じっせつ)の上に位置する。中国・南宋(なんそう)代に、政府が特別の保護を与え管理するために設けられたのが始まりで、政治家史彌遠(しびえん)の奏上により、インドの五精舎(しょうじゃ)に倣って行われた。すなわち、(1)径山(きんざん)興聖(こうしょう)万寿寺、(2)北山景徳霊隠(りんにん)寺、(3)太白山(たいはくさん)天童景徳寺、(4)南山浄慈(じんず)報恩光孝寺、(5)阿育王山(あいくおうさん)広利(こうり)寺の5か寺で、それらを官寺の最上位とした。日本では1253年(建長5)建長寺を「五山第一」と称したのが五山の語の初出で、鎌倉中心に制定された形跡があるが、どの寺が五山に列せられていたかの確証はない。建武(けんむ)年間(1334~38)、第一南禅寺(大徳寺と同格)、第二東福寺、第三建仁寺、第四建長寺、第五円覚(えんがく)寺と、京都中心に制定されたのが、五山全部の名前の判明する最初のものである。足利尊氏(あしかがたかうじ)が政権を握り室町幕府が成立すると、京都派と鎌倉派、公家(くげ)派と武家派の対立緩和を目ざし、暦応(りゃくおう)年間(1338~42)、京・鎌倉の諸寺を、第一建長・南禅、第二円覚(えんがく)・天竜、第三寿福、第四建仁、第五東福、準五山浄妙と定めた。ここに五大官寺という五山本来の意味が失われ、最高位の官寺のなかにおける5段階の寺格という意味に転化した。以後しばしば五山の選択・位次の改定が行われたが、1386年(元中3・至徳3)、最終的に、五山之上南禅寺、五山第一天竜寺・建長寺、五山第二相国(しょうこく)寺・円覚寺、五山第三建仁寺・寿福寺、五山第四東福寺・浄智(じょうち)寺、五山第五万寿寺・浄妙寺という、京・鎌倉対等の各五山の位次が確定した。
 一方、五山の語は広義には、五山・十刹・諸山という禅宗官寺に住持を出しうる資格をもつ禅宗各派の総称として用いられる。それは林下(りんか)に対して五山派あるいは五山叢林(そうりん)(単に叢林ともいう)などとよばれるもので、夢窓(むそう)派と聖一(しょういち)派がその主軸となって、官寺の止住、幕府の文化・外交の顧問として機能した。また五山派は日本漢文学史上きわめて重要な足跡を残し、五山文学を大成させ、近世儒学の母胎ともなった。さらに五山版と称される多数の出版物を開版するなど、五山禅僧によって形成された諸文化は、衣食住一般の文化にも多大な影響を与えた。[石川力山]

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世界大百科事典内の五山の言及

【五山・十刹・諸山】より

…禅林(禅宗寺院)の官寺制度における3段階からなる寺格で,五山を最高位とする。官僚階級との接近をみた中国宋代の禅林は,一般社会の官僚機構を禅林運営に導入して官寺制度を確立し,インドの五精舎・十塔所にちなんだといわれる五山・十刹は南宋代に設定された。…

【精舎】より

…釈迦が主として説法した五つの僧院たる祇樹給孤独園(ぎじゆぎつこどくおん)精舎,鷲嶺(じゆれい)精舎,獼猴江(みこうこう)精舎,菴羅樹園(あんらじゆおん)精舎,竹林精舎を天竺五精舎といい,なかでも須達(しゆだつ)長者が舎衛城の南にたてた祇樹給孤独園精舎は,祇園精舎の略称で,日本の文学でも親しく用いられた。中国や日本における五山の制は,天竺五精舎にならったものである。ビハーラ【礪波 護】。…

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