松島剛蔵 まつしま-ごうぞう
1825-1865* 幕末の武士。
文政8年3月6日生まれ。長門(ながと)(山口県)萩(はぎ)藩士。江戸で坪井信道に医学を,のち長崎で航海術をまなび,西洋学所頭取。万延元年藩最初の洋式船の艦長となる。禁門の変後,藩論が尊攘(そんじょう)から恭順にかわり,元治(げんじ)元年12月19日野山獄で処刑された。40歳。名は久敬,久誠。字(あざな)は有文。通称は別に瑞益など。号は韓峰。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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松島剛蔵
没年:元治1.12.19(1865.1.16)
生年:文政8.3.6(1825.4.23)
幕末の長州(萩)藩士。同藩水軍の担い手。尊攘運動を推進し,文久3(1863)年下関での攘夷戦争を指導。第1次長州征討下で誕生した佐幕派藩庁により,前田孫右衛門ら6名の政務員と共に処刑される。
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報
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出典 ほうふWeb歴史館防府市歴史用語集について 情報
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松島剛蔵 (まつしまごうぞう)
生年月日:1825年3月6日
江戸時代末期の長州(萩)藩士
1865年没
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
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