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松月堂古流 しょうげつどうこりゅう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

松月堂古流
しょうげつどうこりゅう

生け花の流派。旧称古流。のちに松月堂叡尊にちなみ改称。是心軒一露が創始。生花であるが五大 (地水火風空) で意味づけ,形式も異色。組織も独自で安永7 (1778) 年に相伝した植松賞雅を初代家元とし,代々家元を継承。別に技術指導の五大坊をおき和光庵卜友をあて,以後は選出で継承している。

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デジタル大辞泉の解説

しょうげつどう‐こりゅう〔シヨウゲツダウコリウ〕【松月堂古流】

生け花の流派の一。安永(1772~1781)のころに是心軒一露(ぜしんけんいちろ)が創始。

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大辞林 第三版の解説

しょうげつどうこりゅう【松月堂古流】

生け花の流派の一。安永(1772~1781)頃、是心斎一露の創始したもの。初め古流を名乗るが、のち、松月堂叡尊の流れを汲むとして松月堂を名乗る。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

松月堂古流
しょうげつどうこりゅう

いけ花流派。是心軒一露(ぜしんけんいちろ)によって1761年(宝暦11)に創流された。陰陽五行(いんようごぎょう)説をもとに、いけ花を宇宙の表現とする生花の花体を生んだ。公家(くげ)の植松賞雅(たかまさ)が継承したが、門人のなかから花務職を選定し五大坊とし流儀の運営が任されてきた。現家元雅房まで14代を数え、今日は生花様式のほか盛り花、投入れ花の様式をも加え、幅広い活動を行っている。[北條明直]

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世界大百科事典内の松月堂古流の言及

【いけばな】より

…享保期から明和・天明期(1764‐89)にかけては,抛入花から生花へと日本のいけばなが変化をとげる過渡期であって,抛入花と立花の優劣論や,寛延年間(1748‐51)の落帽堂暁山のごとく五常の道を説き〈義あつて花を生くればいけはななり〉などの所論を重ねて,草木の出生(しゆつしよう)を明らかにし,それに従って花を生けるこそ本義であるとする,安永・天明期(1772‐89)の是心軒一露の《草木出生伝》の出現までの道をたどる。明和から安永・天明期にかけては生花の諸流派が多数の成立をみた時代で,千家流,松月堂古流,古田流,遠州流,庸軒流,源氏流,但千流,正風流,千家我流,相阿弥流,宏道流,石州流,東山流などの流派が,それぞれの主張にもとづいて生花の教導をはじめた。生花がその花形(かぎよう)を明確に定めるのは文化・文政期(1804‐30)であって,陰陽五行説や地水火風空の五大を説いて花形を形成しようとした松月堂古流からはじまって,やがて天地人三才格による花形の定めが一般化し,円形の天に内接する正方形の地の図形を,さらに半切した三角形(鱗形)を求め,天枝・地枝・人枝の3本の役枝によって花形を定める,当時として最も合理的な未生斎一甫の考え方によって,生花はその花形を完成したものとみてよい。…

※「松月堂古流」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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