栄養療法

内科学 第10版 「栄養療法」の解説

栄養療法(治療学総論)

(1)総論
 生活習慣病の予防には食事や運動といった生活習慣全般の改善指導が必要である.米国で行われている大規模前向きコホート研究であるNurses' Health Studyによると,よい食習慣をもち(食事指数が5分割の上位2分割に入る者),過体重がなく(体格指数(body mass index:BMI)が25未満),中等度以上の運動を1日30分以上行っている女性は,糖尿病の発症率がコホート全体の発症率の12%にとどまっていることが明らかになっている(図3-1-1).さらに,非喫煙の項目を加えた4項目を満たすと11%,さらに飲酒を加えた5項目を満たすとコホート全体の9%の発症率であり,糖尿病発症の91%が生活習慣によって予防できる可能性が示唆された.このコホート研究では,体脂肪過多が2型糖尿病の発症に最も大きく影響していた.肥満を避ける,または減量するには,摂取カロリー制限は避けて通れない. 表3-1-1に厚生労働省が策定した日本人のエネルギーの食事摂取基準を示す.この表を参考に肥満度と身体活動レベルを考慮して適正な体重を維持できるように食事および運動の指導を行う必要がある.またNurses’ Health Studyでは,冠動脈イベントの発症も,好ましい食事摂取,禁煙,1日30分以上の中等度の運動の3項目を満たすと43%に,さらにBMI 25未満を満たすと34%,さらに適量飲酒(1日5 g以上)の項目を加えた5項目を満たすとコホートのほかの女性の17%にまで発症率が低下していた(図3-1-2).このようによい生活習慣は,生活習慣病の発症抑制にきわめて重要である可能性が高い.
 耐糖能障害(impaired glucose tole­rance:IGT,日本糖尿病学会の基準では境界型の一部にあたる)者を対象とした大規模前向き臨床試験であるDiabetes Prevention Program(DPP)においては,食事と運動について密な指導を行った生活習慣改善介入群では,2.8年後の糖尿病の発症率が58%も抑制されており,ビグアナイド薬であるメトホルミン投与群のリスク低下率の31%を大きく上回っていた(図3-1-3).またFinnish Diabetes Prevention Study(Haffnerら,1998)や,中国人を対象としたDa Qing研究(Panら,1997),北欧で行われたMalmö(マルメ)研究(Erikssonら,1998)においても食事療法,運動療法の指導などの生活習慣改善介入によって糖尿病の発症が抑制されるとの結果が得られている.
 一方,わが国においても,実際の生活習慣の改善は十分とはいいがたいのが現状である.日本高血圧学会が2009年に改訂したガイドラインでは,動脈硬化抑制と血圧管理を目的に生活習慣の改善を行うことを推奨している(表3-1-2).このガイドラインにおいては,食塩摂取量を6 g以下にすることが推奨されているが,平成22年度の20歳以上の摂取量は10.6 gであった(図3-1-4).また1日の摂取総カロリーに占める脂質の摂取率(脂肪エネルギー比率)は,健康日本21で推奨している25%未満の24.5%まで低下してきたが(図3-1-5),25%以上の者が46.4%いることが明らかになっており,また運動習慣者は,40歳代の男女でそれぞれ19.4%,15.0%にすぎないこともわかっている(図3-1-6).1日あたりの歩数も2000年から2010年にかけて減少傾向にあり,わが国における生活習慣改善はきわめて不十分な状況である.その結果,肥満者は,特に男性で増加傾向にある(図3-1-7).一方,20歳代女性では,やせが増加しており,低出生体重児の増加の一因となっている.BMIと糖尿病,高血圧,高トリグリセリド血症,低HDL-コレステロール血症の発症とは正相関が認められており,肥満の増加は今後,生活習慣病罹患者の増加につながる可能性が高い.
(2)経静脈栄養
(parenteral nutrition)
 経静脈栄養は経口的あるいは経腸的に栄養摂取が困難であるときに選択される栄養補給法である.非生理的であるため,短期間に限るのが原則であるが,消化管の通過障害がある場合や,短腸などのために栄養吸収が十分でないときには,長期にわたる場合もある.経静脈栄養法としては末梢静脈栄養法と中心静脈栄養法の2つがある.
a.末梢静脈栄養法
 末梢静脈栄養法の適応は,短期間の栄養補給の場合と経口摂取不十分な場合の補助的栄養補給としてである.長所としては,①投与ルート確保の手技が容易である,②投与メニューの調合が容易である,③出血の危険が少なく,仮に出血しても対応が容易である,④敗血症の危険が少ない,などがあげられる.一方,短所として,①穿刺部位の疼痛がある,②穿刺部位の運動制限がある,③穿刺部位の静脈炎を起こしやすい,④糖質の濃度を十分に上げることができない,⑤十分なエネルギー補給が困難である,⑥投与水分量が多くなる,などである.
 静脈炎は輸液の浸透圧が高くなるほど起こしやすくなり,等張液の2倍が限度であるとされる.もし仮に,10%ブドウ糖液を輸液するとした場合,一般的な輸液量を2 Lとして,グルコースは200 gが投与限界であり,それによる投与カロリーは高々800 kcalである.これでは,体格にもよるが基礎代謝量にも不十分である.そのためさらに高カロリーを投与できる中心静脈栄養法が考案された(後述). 投与メニューとしては,原則として3大栄養素をカバーする.糖質は基本的にグルコースを用いる.糖尿病があればインスリン注射を併用する.蛋白質の投与は,基本成分であるアミノ酸を投与する.一方,脂質は,生体内で合成されるため必須ではない.ただ,脂肪製剤は1 gで9 kcalと熱効率がよいため,カロリー補給には4 kcal/gの糖質より有利である.しかし肝障害や静脈塞栓の合併症があり汎用されてはいない. 栄養という言葉とは多少ニュアンスを異にするが,電解質代謝の維持のために電解質を含む輸液製剤を用いる必要もある.電解質バランスを維持するための量は,基本的に維持輸液を2 L使用する場合の1日量で換算される(表3-1-3)【詳細は⇨3-1-4)】.
 最終的に調合した輸液製剤を40~80 mL/時(1~2 L/日)の輸液速度で24時間かけて一定速度で点滴することが多い.特に電解質は摂り貯めということができないため,1日にわたって万遍なく投与することが勧められる.
b.中心静脈栄養法
 完全静脈栄養法(total parenteral nutrition:TPN)もしくは高カロリー輸液とよばれることもあるが,中心静脈栄養法とは投与ルートの特徴から命名されたものである.本法は,1960年代に報告されて以来広く普及し,栄養管理の点から,医療に飛躍的な向上をもたらした.長所は,①高カロリー補給が可能であり,②運動制限が少なく,③静脈炎をきたすこともなく,経口栄養とほぼ同等の栄養補給が長期にわたって可能なことである.短所は,①ルート確保の手技が煩雑で,合併症の危険があること,②カテーテル感染から敗血症になることがあること,③メニューの調合が複雑で,専門の知識を要すること,④微量元素やビタミンの必要性についての知識が乏しいことなどである.1日に必要なエネルギー,窒素源,電解質,ビタミン,微量元素などを補給できる. 
ⅰ)中心静脈栄養法の適応と禁忌
 表3-1-4に完全静脈栄養施行のガイドラインを示す.原則として,2週間以上消化管を用いた栄養管理ができない場合が適応となる.具体的には,①出血性胃十二指腸潰瘍,炎症性腸疾患,急性膵炎などの消化管の安静が必要な場合,②人工呼吸器使用中あるいは意識障害などが存在し,経口摂取が不可能か危険な場合,③悪性腫瘍などで化学療法が長期に及び栄養補給により全身状態の改善が期待できる場合などがあげられる.禁忌としては,腸管機能が正常の場合や栄養輸液の期間が短期であることが予想される場合などである.
 一方,急性期の適応については長らく議論されてきたが,最近の報告では入室後7日以内は中心静脈栄養は行うべきでないとする意見が大勢となった.すなわち5%ブドウ糖液のみでよいとされる.もちろん経腸栄養が導入できればさらによいことは間違いない. 
ⅱ)3大栄養素投与の原則
 必要エネルギー量は経口摂取時の必要エネルギー量に準じて,成人安静時には25~30 kcal/kg/日,軽症異化期には35~40 kcal/kg/日,高度異化期には40~50 kcal/kg/日とされるが,通常は25~30 kcal/kg/日での投与が多い.エネルギー源としてはグルコースを用いることが多いが,糖尿病患者ではインスリン非依存性のフルクトースキシリトールを併用することもある.ただし糖尿病例でもインスリンを用いながらグルコースを使用するのが基本である. 開始時には,高濃度で高浸透圧のグルコース輸液に対して馴化の必要があり,開始液としてグルコース濃度10~15%を数日投与し,糖代謝に異常がなければ維持液に移る.維持液はグルコース濃度20~25%を基準とするが,糖尿病患者や肥満者ではこれよりも少なめにする.
 蛋白質はアミノ酸で投与するが,通常1 g/kg/日,重症感染症や高度栄養障害時では1.5~2 g/kg/日を目標とする.投与した窒素を体蛋白合成に利用させるためには非蛋白カロリー/窒素比(kcal/g)が150~200となるように輸液内容を調整する必要がある.脂質は燃焼効率が9 kcal/gと高いが,わが国では使用が少ない傾向にある.カロリー投与を糖質に頼ると,高インスリン血症を引き起こし脂肪肝の原因となるが,適度の脂肪製剤投与はむしろ脂肪肝の発生を抑制するとされている.
 3大栄養素の組み合わせは,総投与カロリーのうち糖質50~60%,アミノ酸20%,脂質10~30%が適当とされる.市販キット製剤はこれらのバランスを考慮して,臨床の現場で使用しやすいように調整されているので,以前ほど難しく考える必要がない.
 ASPEN(American Society for Parenteral and Enteral Nutrition)ガイドラインでは以下の数値が提示されている.*推定消費エネルギー20〜35 kcal/kg/日*糖質5 mg/kg/分*脂質0.1 g/kg/時*蛋白質0.8 g/kg/日 
ⅲ)市販キット製剤
1)糖:
グルコースを基本とするが,糖尿病や手術後の外科的ストレス時など耐糖能異常がある場合にはインスリン非依存性のフルクトースやキシリトールを併用した複合製剤が開発され,血糖の管理が容易となりインスリンも節約できるようになった.実際には,アミノ酸製剤を加えて20%程度の濃度の輸液を行うことになる.
2)アミノ酸製剤:
単独の製剤もあるが,糖液とダブルバッグになったキットも市販されている.使用直前にミックスすることによりMaillard反応を防止している.近年,筋肉に取り込まれて利用される分枝鎖アミノ酸BCAA)の意義が注目され,侵襲時に蛋白合成をより促進し広範囲の使用に応じるべくBCAA高濃度液(30~36%)が多用されるようになった.
3)脂肪乳剤:
脂肪は燃焼効率が9 kcal/gと高く,必須脂肪酸の供給源ともなる.脂肪乳剤の主成分は10%もしくは20%の大豆油と卵黄レシチンからなり,リノール酸が50%以上を占める長鎖脂肪酸製剤である.必須脂肪酸の補給の意味では2日ごとに20 gの脂肪投与でよい.欠点として代謝速度が遅い,侵襲下で減少するカルニチンに依存している,免疫系に悪影響があるなどがあげられている.
4)ビタミン:
ビタミン補給は必須であるが,市販の総合ビタミン剤はやや過剰気味である.糖質を投与しているので,ビタミンB1不足には注意が必要で,ときに乳酸アシドーシス発生の報告がある.
5)微量元素:
長期にわたる完全静脈栄養では微量元素が欠乏することがある.亜鉛,銅,クロム,コバルト,セレン,マンガン,モリブデンなどによるものが報告されているが亜鉛欠乏以外はまれである.総合微量元素製剤が市販されているが,クロム,セレン,モリブデンは補給できない.この場合,適宜新鮮凍結血漿を用いることもある.ビタミン欠乏症,微量元素欠乏症については【⇨13-6-4),13-6-5),15-12-1)】. 
ⅳ)中心静脈栄養の合併症とその対策
1)カテーテル挿入および留置に伴う合併症:
鎖骨下静脈・内頸静脈・大腿静脈などの深部静脈に経皮的穿刺によりカテーテルを挿入するため,動脈誤穿刺に起因する出血・血腫・血胸,胸腔穿刺に起因する気胸,胸管損傷による乳び胸などがある.挿入の際は十分な無菌操作が基本であるが,穿刺部やカテーテルからの感染の危険性があり,刺入部の発赤,腫脹,原因不明の発熱や炎症反応陽性が持続する場合は速やかにカテーテルを抜去する.
2)代謝に起因する合併症:
数日以内の初期の合併症として,高血糖および低リン血症,低カリウム血症がある.中心静脈栄養を開始してしばらくは,糖濃度を数日ごとに段階的に上げていくことが大切である.また,電解質の欠乏や過剰を生じる可能性があるため,定期的に血液や尿の電解質を測定し投与量の調節を行う.特に高度の栄養障害者では,リンとカリウムの体内量が欠乏しており,高濃度グルコース投与により電解質の細胞内移行が生じ,高度の低リン血症,低カリウム血症が出現する.腎不全では,逆に高リン血症,高カリウム血症を引き起こす可能性がある.
 最近問題となっている合併症にビタミンB1欠乏による乳酸アシドーシスがある.症状として,食欲不振,悪心・嘔吐,腹痛などに続き,傾眠傾向,失見当識,昏睡などが現れる.治療が遅れれば死に至ることもある重篤な合併症である.ビタミンB1はTCA回路に入るときのピルビン酸脱水素酵素の補酵素であるためである.
 数カ月に及ぶ中心静脈栄養では肝障害を認めることがある.多くは糖質の過剰投与による肝の脂肪変性である.投与カロリーを減らし,蛋白,デキストロース,脂肪のバランスのとれた製剤を投与することで軽快する.また,絶食による胆囊の運動低下や胆汁酸の腸肝循環障害などが原因として考えられる胆汁うっ滞や黄疸,胆石などの胆道系疾患も生じやすい.ビタミン欠乏症や微量元素欠乏症も出現する.
(3)経腸栄養
a.栄養管理の重要性と基本原則
 栄養管理は,すべての疾患に共通した基本的治療であり,個々の疾患の病態に応じた栄養サポートが必須である.感染症,褥瘡,誤嚥性肺炎,術後合併症などの発生を予防するために,医師,看護師,栄養士,薬剤師,臨床検査技師,リハビリスタッフらで構成された栄養サポートチーム(nutrition support team:NST)が結成され,栄養管理の専門的立場からのチーム医療が行われている.栄養投与の方法には,末梢静脈栄養(peripheral parenteral nutrition:PPN),中心静脈栄養(total parenteral nutrition),経腸栄養(enteral nutrition),経口栄養などがあり,症例に応じて選択する.
 栄養投与法の選択にあたっては「消化管が機能している場合には,消化管を使用する(When gut works,use it)」が原則であり,いたずらに静脈栄養を選択してはならない(図3-1-8:栄養療法選択のアルゴリズム).
b.経腸栄養の投与方法
 経腸栄養法には,経口投与,食道投与,胃投与,空腸投与があり,1カ月程度の短期間の経腸栄養を目的とするのか,間欠的ではあるものの長期にわたる経腸栄養が必要なのか,ほぼ永久的な経腸栄養が必要なのかで,投与方法を検討する(図3-1-9).
1)経口投与:
経腸栄養剤の補食的投与が目的であれば,経口投与で十分であり,栄養剤の食感や味覚に注意しながら経腸栄養剤を選択する.
2)食道投与:
意識があり意思の疎通も保たれている場合で,嚥下障害の回復が期待されるときには嚥下訓練と並行して経腸栄養投与が可能な食道投与を選択することがある.
3)胃投与:
意識障害や嚥下障害がある場合には,胃投与が選択される.胃より肛門側の消化管に問題がないことが条件である.胃投与ではボーラス投与が可能であるが,胃食道逆流があると誤嚥性肺炎のリスクが高まる.経腸栄養剤を「半固形化」することによって適応範囲が拡大されている.
 経鼻胃チューブ栄養法では鼻腔・咽頭刺激を軽減する目的で細径チューブを選択するので,粘度の高い栄養剤の投与が困難である.胃食道逆流により誤嚥性肺炎のリスクがある.胃瘻造設には,開腹手術によるもの,腹腔鏡下手術によるもの,頸部食道からチューブを挿入する経皮経食道胃管挿入術(percutaneous trans-esophageal gastro-tubing:PTEG)があるが,経皮内視鏡的胃瘻造設術(percutaneous endoscopic gastrostomy:PEG)が広く用いられている.4~6週をこえる長期の経腸栄養療法が必要な場合,あるいは意識状態が良好,または咽頭に感染症や腫瘍などの器質病変があって栄養チューブが悪影響を及ぼす場合には胃瘻が選択される.
4)空腸投与:
胃食道逆流,胃の排出機能不全,胃瘻造設が困難な場合には空腸投与が試みられる.半消化態の栄養剤でも緩徐に投与すれば可能であるが,胃液の処理を受けないので,消化態栄養剤の投与が選択される.経鼻経腸投与,PEG経由空腸投与,空腸瘻などがある.
c.経腸栄養剤の種類と特徴
 経腸栄養剤は,消化吸収が容易で浸透圧が高すぎず,酸度や濃度が適度で栄養価が高く,調整投与しやすく細径チューブでも投与できる条件を満たす必要がある.成分,味覚,粘稠度などの異なるさまざまな栄養剤の使用が可能で,食品または医薬品扱いに分類されている(表3-1-5).①人工濃厚流動食(加工した食品素材)・天然濃厚流動食(加工しない天然素材)は,食品扱いであり,通常の食事では十分な栄養補給が困難な場合に用いられる.浸透圧が高くないので下痢の発生はまれである.粘稠度が高いので細径チューブでの注入が困難である.経口摂取障害や嚥下障害に応用される.②半消化態栄養剤は,天然食品を人工的に処理した高エネルギー,高蛋白(多くはカゼイン)の栄養剤であり,窒素源に大豆蛋白や乳蛋白が用いられアミノ酸が添加されている場合もある.下痢を防止するために食物繊維を添加したものもあり,食品と医薬品の2種類がある.経口摂取障害,嚥下障害に加えて,術前術後の栄養管理,熱傷時,神経性食欲不振症,意識障害,中枢神経疾患,癌化学療法時,放射線療法時,口腔・咽頭・食道の狭窄性または機能障害の場合に用いられる.③消化態栄養剤は,窒素源がアミノ酸やジペプチド,トリペプチドからなり,糖質としておもにデキストリンが用いられている.脂肪含有量が少ないので,必須脂肪酸の補給として脂肪乳剤の輸注が併用される.半消化態栄養剤の適応疾患に加えて,消化吸収不良症候群,短腸症候群,消化管瘻,放射線性腸炎,蛋白アレルギー,肝不全,小児科領域の栄養管理に用いられる.④成分栄養剤(ED)は,すべての成分が化学的に明らかなものから構成されている.窒素源がアミノ酸で,蛋白を含まないので抗原性が低い栄養剤である.脂肪含量がきわめて少ないので腸管の安静に有用である.長期投与にあたっては必須脂肪酸欠乏を防止するために脂肪乳剤の併用が行われている.Crohn病急性期の寛解導入に用いられ寛解状態の長期維持にも有用である.
d.経腸栄養法の器材と管理
 経鼻チューブは経腸栄養専用のシリコンまたはポリウレタン製の細径チューブを用いる.鼻翼,鼻中隔壊死,副鼻腔炎・中耳炎,食道潰瘍などの合併症を発症することがある.嚥下反射低下時には気道内への誤挿入がありうるので,十分注意する.胃瘻チューブにはバンパー型,バルーン型があり,使用方法を熟知する必要がある.瘻孔周囲炎が高頻度で発生する.経腸栄養容器やチューブが汚染すると感染性腸炎を発症する.経腸栄養ラインは,静脈栄養投与ラインと接続できないカテーテルテーパーを使用しなければならない.空腸への経腸栄養では,経腸栄養ポンプにより注入速度を一定化することにより消化器系合併症を軽減できる.
e.合併症
 栄養チューブ留置に関連した合併症として,誤挿入,鼻・咽頭部のびらん,鼻炎,副鼻腔炎,鼻翼潰瘍,食道潰瘍,嚥下性肺炎,栄養チューブの閉塞,消化管穿孔などが起こりうる.胃瘻・空腸瘻に関連した合併症として,出血,感染,皮下脂肪壊死,瘻孔部の肉芽形成,瘻孔損傷,腹膜炎,イレウス,バンパー埋没症候群などがある.
 下痢,腹部膨満,腹痛,悪心・嘔吐などの消化器症状が最も多くみられる.経腸栄養剤の注入速度を遅くしたり,溶解濃度を低くしたりすることにより予防できる.栄養剤の温度が低すぎると下痢の原因となる.栄養剤を調整してから時間が経つと雑菌が繁殖し下痢や発熱の原因になる.注入ポンプで注入速度を一定にすると下痢頻度は減少する.経腸栄養剤投与にあたっては,決められた投与スケジュールに従って投与し,決して急速投与を行ってはならない.栄養剤の調整や容器の清潔には十分注意し,室温では12時間以内には使い切ってしまわなければならない.食物繊維や難消化性でんぷんを含む米飯の併用が下痢対策に有効である.
 感染や侵襲,利尿薬投与,嘔吐,下痢などにより代謝に関連した合併症が起こりうる.高浸透圧性非ケトン性昏睡,電解質・酸塩基平衡異常,必須脂肪酸欠乏,ビタミン・微量元素欠乏が起こりうる.
f.在宅経腸栄養
 経腸栄養を用いる栄養管理の長期化が必要となる場合には,自宅やナーシングケア施設などで継続することになる.経鼻チューブを用いて栄養管理をする場合と胃瘻を造設して管理する場合があり,栄養管理を必要とする対象疾患に応じて投与方法を選択しなければならない.栄養管理の継続で,①疾患を増悪させないこと,②患者のQOLが低下しないこと,③適切な栄養アセスメントと補正を行うシステムが整っていること,④本人および家族が在宅経腸栄養管理を希望していること,⑤緊急事態発生時には迅速な対応が可能なサポートシステムが整っていること,などの条件を満たしていることが必要である.栄養状態を含めた全身管理に必要なモニタリング・プログラムを行うことにより,在宅経腸栄養の安全性は高く,費用効果の点からも適応疾患を拡大すべきである.病院に入院中はNSTによる効果的栄養管理が行われ,在院日数の短縮もはかられており,その栄養管理を在宅にまでシームレスに移行することにより患者のQOLが改善していることは間違いない.在宅経腸栄養が適応になる疾患は,栄養管理の継続が必要と考えられる病態にある疾患には,可能な限り考慮すべきである.[小田原雅人・内田俊也・福田能啓]
■文献
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Caser MP, et al: Early versus late parenteral nutrition in critically ill adults. NEJM, 365: 506-17, 2011.
Martindate RG, et al: Guidelines for the provision and assessment of nutrition support therapy in the adult critically ill patient: Society of Critical Care Medicine (SCCM) and American Society for Parenteral and Enteral Nutrition (A.S.P.E.N.). Crit Care Med, 37: 1-30, 2009.松尾仁之:静脈経腸栄養ハンドブック,pp89-90,中外医学社,東京,2003. 日本静脈経腸栄養学会:静脈経腸栄養ハンドブック,南江堂, 2011.

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栄養・生化学辞典 「栄養療法」の解説

栄養療法

 栄養素の補給量を是正して治療効果の改善をはかる療法.絶食(断食),飢餓や減食(栄養制限)など栄養素の摂取量を制限する方法,不足している栄養素を補充する方法,および例えば特定のビタミンなどを所要量以上に供給する方法などがある.

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