精選版 日本国語大辞典 「化学療法」の意味・読み・例文・類語
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化学物質を用いて生体内の病原寄生体に対し直接その増殖を阻害したり殺菌することによって疾患を治療する方法をいう。薬物療法の一種であるが、対症療法ではなく、原因療法の一つである。
[柳下徳雄]
化学療法はドイツの細菌学者エールリヒによって創始された。1899年、新設の国立実験治療研究所の所長となったエールリヒは、数百に及ぶ化学物質を動物実験に用い、化学物質と抗菌作用の関連を追究していたが、留学中の秦(はた)佐八郎が同研究所で梅毒をイエウサギに感染させることに成功すると、ただちに前述の化学物質を投与して効果をみることを命じ、1909年、606番目の化学物質サルバルサンによってようやく梅毒の治療に成功、翌年これを発表した。また、エールリヒは化学療法を学問的に体系づけたことでも知られ、薬効係数や化学物質の作用機序などの理論は現在もなお認められている。
1932年に、殺菌性染料を研究中のドイツのドーマクは、発見されたばかりの赤色染料プロントジルを、溶血性連鎖球菌によって敗血症をおこさせたハツカネズミに投与して卓効のあることを確認し、35年に発表した。その後、プロントジルの作用の本態が、生体内でアゾ結合が分解して生ずるスルファニルアミドであることがわかり、36年には合成されたスルファミンに抗菌性のあることが確認された。さらに37年、イギリスでスルファピリジンが肺炎の治療に用いられて成功するに及んで、次々に多数のスルファミン誘導体が合成され、多くのサルファ剤が出現した。しかし、実際に使われているサルファ剤は、その数に比べてきわめて少ない。
ついで抗生物質が登場したが、その発見は1928年である。イギリスのフレミングはインフルエンザウイルスの研究中に、実験室内で空中から落下したアオカビがブドウ球菌の培養器内で増殖し、その周囲が無菌状態になっているのを偶然発見、アオカビの培養物のエキスをつくり、これを800倍に薄めてもブドウ球菌の増殖を抑制することをつきとめ、この物質をペニシリンと名づけた。しかし、このエキスは物質として純粋なものでなかったこともあり、治療効果の面では評価されないまま10年を経過した。39~40年、イギリスのフローリーとチェインらは共同研究の結果、ペニシリンを純粋な物質として抽出することに成功し、動物の連鎖球菌感染症を治療した。このペニシリンが注目されたのは44年、当時のイギリス首相チャーチルの肺炎を治し、奇跡の薬として全世界に報道されてからである。
また、1943年にはアメリカのワックスマンがストレプトマイシンを発見し、45年から結核の化学療法が始まった。以来、多くの抗生物質の研究開発が行われて、多くの感染症の原因療法が容易となったが、一方、化学療法剤に対する耐性菌も出現した。そして、この耐性菌にも有効な新しい化学療法剤の開発、それに対する耐性菌の出現、という繰り返しが現在まで続けられている。また、化学療法の対象は病原寄生体にとどまらず、近年は抗悪性腫瘍(しゅよう)剤(制癌(せいがん)剤)の開発も盛んに行われている。
一般に、化学療法史上では、サルバルサンの発見を第1期とし、サルファ剤時代を第2期、抗生物質時代を第3期と称している。
[柳下徳雄]
化学療法に用いられる化学物質をいう。狭義には、微生物が産生する物質である抗生物質を別にして、あくまで合成された化学物質をもって化学療法剤とするが、抗生物質にも合成されるものが出現して、この区別があいまいになり、現在では広義に抗生物質を含んでよばれることが多い。
化学療法剤は、生体に寄生する病原体を目標として投与されるのが特徴で、一般の薬物療法に用いられる薬剤が生体に対する薬理作用を利用しているのと異なる。化学療法剤では、生体そのものに対する作用は、副作用となる。また、病原体に対する親和性は効果であり、生体の組織細胞に対する親和性は毒性とみられ、両者の比を化学療法係数という。
化学療法剤には、その薬物に感受性のある病原体が決まっており、選択毒性という。これは効果の有効範囲を示すもので、グラム陽性菌のみに有効とか、グラム陽性菌と陰性菌の両方に有効といったことが選択毒性で、化学療法剤にはかならず有効な菌種や無効な菌種などの程度を示す抗菌スペクトルが示されている。また、化学療法剤の耐性は病原体そのものが耐性をもつことを意味し、生体がその薬物に対して耐性をもってくるのではない。その機序については、病原体の遺伝子の細胞融合や酵素系に関連するといわれる。
化学療法剤の作用には、病原体の発育を抑制するだけの静菌作用と、殺菌してしまう殺菌作用の二つがある。静菌作用は発育を阻害するだけであり、病原体は増殖しないが死んではいないので、環境の変化があれば増殖することがある。したがって、化学療法剤の種類やその濃度に留意すべきで、投与間隔が問題にされる。静菌性のものは投与間隔を短く、頻回に投与する必要があるが、殺菌性のものは再増殖を始めるまでに時間がかかるので、投与間隔は長くてもよい。また、作用機序については、(1)病原体の細胞壁の合成阻害、(2)細胞壁の透過性を変える、(3)増殖に必要なタンパク質の合成阻害、(4)核酸の合成阻害、(5)代謝拮抗(きっこう)、などがあげられている。(1)と(2)は溶菌をきたし、殺菌作用を示す。(3)~(5)の場合は増殖阻害作用であり、静菌作用を示す。
[柳下徳雄]
『『臨床医』7巻1号「化学療法――基礎と臨床」(1981・中外医学社)』▽『ガリル著、塚田隆訳『化学療法』(白水社・文庫クセジュ)』▽『真下啓明他著『臨床薬理学大系10 化学療法薬』(1964・中山書店)』
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…このような治療血清やワクチンは,細菌学の技法を用いているとはいえ,基本的にはE.ジェンナーの牛痘接種による痘瘡(とうそう)予防と同じく,生体自身がもっている免疫能力を利用したものである。ところが同じくコッホの門人であったP.エールリヒは,細菌には染料によって着色されやすいものとそうでないもののあることから,細菌のみに作用して動物や人体には影響のない物質を発見できる理論的可能性に着目し,秦佐八郎とともに梅毒の病原体にのみ特異的に結合し,その発育を阻止する物質サルバルサンを開発,化学療法の基礎をきずいた(1909)。このような開発研究は,アイデアはともかくとして,実験が多大の資材や人員を要し,いかに政府によって設立され,経常費を支出されている研究室でも,その限界を上まわる。…
… 末期の患者では,治療による副作用も無視できないものがある。化学療法は骨髄抑制をきたし,感染や出血の原因をつくる。肝臓や腎臓に高度の障害をきたす場合もある。…
…それは有力な肺結核の治療薬が出現しないためでもあった。 しかし,44年に至ってアメリカのS.A.ワクスマンが,土壌の中の放線菌の1種から抗生物質であるストレプトマイシンを発見し,結核化学療法の輝かしい第一歩をふみだした。同年,パラアミノサリチル酸(パス,PAS)が人体に用いられ,46年スウェーデンのO.レーマンによって,その臨床効果が発表された。…
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