日本歴史地名大系 「梁川城跡」の解説
梁川城跡
やながわじようあと
[現在地名]梁川町 鶴岡・桜岳
阿武隈高地から西へ延びる支丘突端部(標高五七メートル)に位置し、南西を
応永二〇年(一四一三)四月、伊達持宗は関東公方足利持氏の軍と戦い、敗れて当城に移ったという(「鎌倉大日記」など)。持宗は同三三年梁川八幡宮を、嘉吉元年(一四四一)には
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
阿武隈高地から西へ延びる支丘突端部(標高五七メートル)に位置し、南西を
応永二〇年(一四一三)四月、伊達持宗は関東公方足利持氏の軍と戦い、敗れて当城に移ったという(「鎌倉大日記」など)。持宗は同三三年梁川八幡宮を、嘉吉元年(一四四一)には
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