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森田久右衛門 もりた きゅうえもん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

森田久右衛門 もりた-きゅうえもん

1641-1715 江戸時代前期-中期の陶工。
寛永18年生まれ。土佐高知藩士の子。藩命で,大坂からまねかれた久野正伯(しょうはく)に入門。万治(まんじ)元年(1658)焼物御用を命じられ,山崎平内とともに尾戸(おど)焼の基盤をきずいた。延宝6年(1678)江戸へゆき,往復の間の窯視察記「森田久右衛門日記」をのこす。正徳(しょうとく)5年3月9日死去。75歳。名は光久。号は松柏。

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朝日日本歴史人物事典の解説

森田久右衛門

没年:正徳5(1715)
生年:寛永17(1640)
江戸初期の土佐(高知県)尾戸焼の陶工。号は松柏。先祖は近江(滋賀県)の佐々木氏で,天文年間(1532~55)に甲賀郡尾原野から土佐に下り,長宗我部氏に仕えて長岡郡廿枝村森田の地を供せられたので森田姓を名乗ったという。久右衛門の父源兵衛光氏が2代土佐藩主山内忠義に用いられたが,幼くしてその父を失い,久右衛門は13歳で久野正伯の弟子となり,尾戸焼の基礎を築いた。延宝5(1677)年,久右衛門作の茶道具が高く評価されて江戸出府の許可を得,翌年藩主に随行して江戸に赴いたが,その往復の間の見聞をしたためた旅日記が有名な『森田久右衛門日記』(1678)である。以後も没するまでおびただしい数の茶道具を作ったが,その作風は京焼に近いものであった。印は捺していない。以後2代・3代と続き,昭和初期まで家業を受け継ぎ,尾戸焼の中心的家柄だった。<参考文献>丸山和雄「土佐のやきもの」(『日本やきもの集成』10巻)

(矢部良明)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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