椎原小弥太(読み)しいはら こやた

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「椎原小弥太」の解説

椎原小弥太 しいはら-こやた

1840-1868 幕末武士
天保(てんぽう)11年生まれ。薩摩(さつま)鹿児島藩士。元治(げんじ)元年(1864)の禁門の変では御所警護にあたる。慶応4年小銃五番隊の監軍として伏見出陣入京を強行しようとする幕府軍を阻止し,鳥羽・伏見の戦いのきっかけをつくる。同年1月5日淀橋の戦いで戦死。29歳。名は国寧。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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