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槙峰鉱山 まきみねこうざん

百科事典マイペディアの解説

槙峰鉱山【まきみねこうざん】

宮崎県延岡市・日之影町にまたがってあった銅鉱山。五ヶ瀬川中流,綱ノ瀬川との合流点付近にあった。1657年の発見と伝える。稼行と休山を繰り返したが,1864年延岡藩主内藤家の経営となる。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

槙峰鉱山

県北部の日之影町と延岡市北方町との境にあった鉱山。戦時中は、トップクラスの銅産出量がある重要鉱山だった。最盛期には約1200人が働いていたが、1967年に閉山した。慰霊碑は74年、県や地元住民によって建てられた。

(2011-12-04 朝日新聞 朝刊 宮崎全県 1地方)

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

槙峰鉱山
まきみねこうざん

宮崎県北部、延岡(のべおか)市北方(きたかた)町地区と西臼杵(にしうすき)郡日之影(ひのかげ)町にまたがって所在した銅・硫化鉄鉱山。1657年(明暦3)発見され、江戸時代は延岡の商人が経営したり、延岡藩営鉱山(御手山(おてやま))として採掘されたりした。本格的な採掘は明治以降で、日立(ひたち)、別子(べっし)と肩を並べる日本有数の銅山となった。最初は五ヶ瀬(ごかせ)川支流綱ノ瀬(つなのせ)川東岸の日平(ひびら)鉱山、西岸の槙峰鉱山に分かれていたが、三菱(みつびし)鉱業の日平鉱山買収によって槙峰鉱山に統一された。1898年(明治31)宮崎県で最初に水力電気が使用された鉱山となった。昭和初期には銅精錬による煙害も生じている。最盛期には従業員1500人以上を数えたが、1967年(昭和42)採掘条件などの悪化のため閉山した。[横山淳一]

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世界大百科事典内の槙峰鉱山の言及

【北方[町]】より

…近年,人口は減少を続け,過疎化が進むなかで,地場産業の育成や工場の誘致が図られている。西部には江戸時代に開かれた槙峰鉱山(黄銅鉱,黄鉄鉱)があったが,1967年に閉山した。北西部に比叡山(名),綱ノ瀬川上流部に鹿川(ししがわ)渓谷があり,観光地となっている。…

※「槙峰鉱山」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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