橋本三八号墳(読み)はしもとさんじゆうはちごうふん

日本歴史地名大系 「橋本三八号墳」の解説

橋本三八号墳
はしもとさんじゆうはちごうふん

[現在地名]鳥取市橋本

八坂はつさか山北側の山裾に立地する。橋本古墳群中の一基。円墳であったが、明治末年に開墾による破壊を受けており、封土の大半を失い石室の一部と家形石棺遺存するのみである。石室は玄室のみ遺存し、奥行約四メートル、奥壁の幅約二・二メートル。遺存している右側壁は内面を平滑に削った一枚岩であることから、切石の横穴式石室であったと推定される。石棺は砂岩製のくりぬき式家形石棺で、棺身は全長二・一四メートル、幅一・一五メートル、内法は全長一・八メートル、幅六二センチ、深さ三八センチ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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