日本大百科全書(ニッポニカ) 「死因究明基本法」の意味・わかりやすい解説
死因究明基本法
しいんきゅうめいきほんほう
犯罪死の見逃しを防ぎ、死因究明体制の総合的な整備・充実を進める法律。正式名称は「死因究明等推進基本法」(令和1年法律第33号)。2019年(令和1)に成立し、2020年4月に施行された。死亡の原因、推定年月日時、場所などを明らかにすることで、安全で安心して暮らせ、生命や個人の尊厳が保たれる社会の実現を目ざす。厚生労働省に死因究明等推進本部を設け、死因究明等推進計画の作成、関係機関との調整、進捗状況の検証・評価・監視にあたる。死因究明に携わる警察などの職員、医師や歯科医師などの人材を育成・確保し、死因究明に関する教育・研究機関を整備する。警察庁や海上保安庁で薬毒物検査や死亡時画像診断を積極的に実施するよう促し、DNAや歯形情報などを整理・保管・対照する仕組みを構築し、科学調査として磁気共鳴画像装置(MRI)などの積極的な利用を進める。法医学の知見を活用する専門機関を全国の地方公共団体に整え、地域間格差を防ぐ。究明できた情報を遺族に適切に開示・説明すると同時に、とくに子供が死亡したケースでは虐待の見逃し防止や死因情報の収集に努め、子供の虐待防止につなげるねらいがある。
明治以降、日本の死因究明制度は、刑事訴訟法に基づき、犯罪捜査を中心に行われてきた。しかし2007年(平成19)の大相撲時津風(ときつかぜ)部屋の力士暴行死事件では、遺体が解剖されないまま当初は「事件性なし」と判断されるなど、犯罪死の見落とし事例が次々に発覚。死因究明制度を抜本的に改めるべきだとの機運が高まった。これを受け、2012年に議員立法として死因究明推進法ができたが時限立法であったため2014年に失効。死因究明体制の継続的な整備を法的に支援するため、恒久法として死因究明基本法が制定された。警察庁によると、2019年の全国の異状死約17万件のうち解剖が行われたのは約2万件で解剖率は約12%にとどまり、海外(2011年調査)のスウェーデン(約90%)、オーストラリア(約54%)、イギリス(約45%)に比べ見劣りする。解剖率を都道府県別にみると、兵庫(36%)、神奈川(35%)、東京(17%)に比べ、埼玉や広島など10県は5%未満にとどまり、地域格差が大きいのが実態である。
[矢野 武 2021年1月21日]