比嘉和子(読み)ヒガ カズコ

20世紀日本人名事典 「比嘉和子」の解説

比嘉 和子
ヒガ カズコ

昭和期の女性 アナタハンの女王。



生年
大正13(1924)年8月5日

没年
昭和49(1974)年3月

出生地
沖縄県

経歴
昭和13年出稼ぎの兄を頼ってサイパン島に渡り、15年に結婚。19年アナタハン島に移住。同年6月、コプラ栽培をしていた夫と米軍空襲のため死別。同じ頃、日本人兵士と船員ら32人が島に漂着、以後26年に救出されるまで異常な生活が続く。この間、和子をめぐる争いで6人が行方不明となった。様々な憶測を呼び、マスコミで“アナタハンの女王”“女王蜂”などと呼ばれた。帰国後は那覇での料理店経営を経て、東京・名古屋などで舞台に立ったりした。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「比嘉和子」の解説

比嘉和子 ひか-かずこ

1924-1974 昭和時代の女性。
大正13年8月5日生まれ。昭和19年夫とアナタハン島に移住,ココヤシを栽培し,コプラ製造に従事。アメリカ軍の空襲で夫は行方不明となり,漂着した日本兵と軍属31人と女ひとりの生活をしいられた。25年島からにげだしアメリカ軍に救出されて帰国。「アナタハンの女王」とよばれ話題となった。昭和49年3月死去。49歳。沖縄県出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「比嘉和子」の解説

比嘉 和子 (ひか かずこ)

生年月日:1924年8月5日
昭和時代の女性。“アナタハンの女王”と呼ばれた
1974年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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