日本大百科全書(ニッポニカ) 「水の神の文使い」の意味・わかりやすい解説
水の神の文使い
みずのかみのふみづかい
昔話。手紙の書き換えを主題にした運定め話の一つ。貧しい男が、ある沼の主(ぬし)から他の沼の主に手紙を届けてくれと頼まれる。手紙には、この使いの男を食い殺せと書いてある。それを見た六部(ろくぶ)が、この男に宝物を与えるようにと書き換えてくれる。男は金をひる馬をもらい長者になる。たいていは沼や池の伝説になっており、水の神の信仰を背景に成り立っている。手紙を書き換え、殺されるはずの男が、手紙を頼んだ人の娘と結婚する話は、朝鮮のほかインドや中央アジア、西アジアにもあり、ヨーロッパには数多く知られている。「水の神の文使い」はそうした昔話群のなかから変成したものであろう。書き換えの趣向を伴わない類話もあり、古く『今昔(こんじゃく)物語集』『宇治拾遺(うじしゅうい)物語』(『古本説話集』も同一)『三国伝記』などに神仏の手紙の使者を勤めて富を得る話がある。『今昔物語集』には別に、橋の女神から物を預かり、他の橋の女神に届ける話もある。橋の女神は橋姫などとよばれた一種の水の神で、この昔話の宗教的背景の歴史の古さをうかがわせる。神霊の手紙の使いをする話は中国にもある。古く『捜神記(そうしんき)』にも、泰山府君(泰山の神)から女婿(じょせい)の河伯(黄河の神)への手紙を預かる話がみえるが、書き換えの趣向はない。手紙の書き換えをするのが、六部など旅をする宗教家であるのは、この昔話の語り手の姿の反映であろう。
[小島瓔]