改訂新版 世界大百科事典 「三国伝記」の意味・わかりやすい解説
三国伝記 (さんごくでんき)
室町時代の説話集。12巻。編者は沙弥玄棟とするが伝未詳。1407年(応永14)以後,1446年(文安3)以前の成立。インド・中国・日本3国の説話を輪番に配列し,各巻30話,全360話を収める。1日1話当て,1年12ヵ月,360日に配したものか。応永14年8月17日の夜,天竺の僧梵語坊,大明の俗漢字郎,本朝近江の遁世者和阿弥が京都の清水寺に来会し,月の出を待ちながら梵,漢,和の順に各自の国の話を披露するという趣向で,《大鏡》《宝物集(ほうぶつしゆう)》以来の伝統的構想を踏まえながら,直接には《太平記》巻三十五の北野通夜物語に想を得ている。文体は駢儷(べんれい)的美文を随所に交じえた漢文訓読臭の強い漢字片仮名交じり文で,編者の漢詩文的素養をうかがわせる。内容は釈迦伝以下の僧伝,寺社縁起,仏法僧の霊験感応譚など,3国の仏教説話を主体とするが,中国・日本説話には歴史故事や和歌説話など世俗的話題も少なくない。総じて文献に取材したものが多く,和漢の仏書や説話集が有力な典拠となっているが,なかには編者の伝聞にもとづくものもあったようで,他書に見えない興味深い説話も散見する。15世紀前半の時点で前代的説話を選択集成した一大説話集として,中世説話文学の掉尾を飾る代表作。後代文学への影響も見のがせないものがある。
執筆者:今野 達
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報