水滸伝批判(読み)すいこでんひはん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「水滸伝批判」の意味・わかりやすい解説

水滸伝批判
すいこでんひはん

1973年後半頃の毛沢東の重要指示に始り,75年8月から全国的規模で展開された中国における修正主義批判の運動。小説『水滸伝』を反面教材として,修正主義,投降主義を徹底的に批判し,また周恩来鄧小平ら古参幹部を批判したもの。 75年8月 14日,毛沢東は北京大学教師との談話で『水滸伝』を批判した。政治局委員でイデオロギーおよび宣伝を主管する姚文元は新聞や雑誌で公開討論を組織し,同年9月4日『人民日報』は毛沢東の同意を得て,談話を公表,また同日社説では『水滸伝』に対する討論,批判を中国政治思想戦線の重要な闘争と意義づけた。特に江青および「四人組」の「大批判グループ」は『水滸伝』評価の名目で,林彪事件後影響力をふやした周恩来,鄧小平をはじめ中央の重要なポストに復活した古参幹部を暗に批判した。

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